125 ベルシエラは旅立ちの準備を整える
無事旅行資金を手にすると、ベルシエラは厨房へ使者を送る。自身は部屋へととって返し、旅の荷物を詰め始めた。遠見の道具で部屋の様子を確認しつつ、ベルシエラはお供を引き連れて厩と車庫に向かう。
王宮の養成課程では、魔法を掛けられた高級馬車についても学ぶ。馬のことは巡視隊の面々から習った。ベルシエラは、ヴィセンテの指示で整備が進んでいる馬車を点検し、連れてゆく馬の説明を受ける。
何事も自分で行う奥方に、御者も馬方も驚嘆した。エンリケ叔父は人を介して言いつけるだけ。ヴィセンテは病床にあるので、馬だの馬車だのには用がない。
「奥方様は、お詳しいのですねぇ」
乗り物係が生き生きと説明をしてくれたので、道中の不安は短時間で軽減された。
練兵場へ赴くと、旅の護衛が待機していた。あからさまに不機嫌な者は排除する。澄ました顔のエンリケ派は、ベルシエラも素知らぬ顔で連れてゆくことにする。簡単な挨拶を済ませると、その場を離れて砦へと降りてゆく。
短時間で山道を往復する為に、連れてゆくのは数名のお供だけである。残りはそれぞれの待機場所に戻らせた。
「自分の荷造りをしておきなさい」
「かしこまりましてございます、奥様」
視察の様子を間近に見た付き人たちは、さまざまな憶測を胸の内に隠している。嫁いで数日で単身旅に出るなど、前代未聞だ。旅の目的は知らされていない為、ベルシエラを怪しむ気持ちが膨らんでゆく。
(砦から戻る頃にはかなりの噂になっているでしょうね)
一周目より数年早く、ベルシエラは悪妻の誹りを受けることになるだろう。
(エンリケが油断してくれれば良いんだけど)
数百年に及ぶ陰謀の核心に迫る旅である。出発前から警戒されては面倒だ。なるべくベルシエラを、口ばかりで衝動的なだけの浅薄な夫人だと思わせておいた方がよい。
砦の視察は殺伐としていた。暗殺の噂が流れる現場である。ベルシエラはお供が毒でやられないように気を配る。幸か不幸か屍に出会うことは免れた。様子見をされているらしく、直接ベルシエラが襲われる事態にもならなかった。
(そうそう証拠は掴ませないでしょうけど、探るだけ探ってみようかしらね)
旅に連れて行く魔法使いの面談をする時に、ベルシエラは毒の気配を探る。テレサから渡された小袋に残っていた魔物の毒には、独特の気配があった。魔法使いならばすぐに気がつく。
ただ、意図的に隠されていれば探しにくくなる。幽霊たちの証言によれば、専用の容れ物で魔物の棘を運んでいるという。
(さて、魔物の棘を隠し持っているのは誰かしらね?)
ベルシエラは、不穏な空気を漂わせる魔法使いたちに余裕のある微笑みを向けた。
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続きます




