124 ベルシエラはフェルナンドを訪ねる
ベルシエラが選んだドレスには、長い肩布やら背中の編み上げやらがついている。ベルシエラはまだひとりでは着られない。魔法で着替えられるとはいえ、パーツが多い服は手順をよく覚えていないのだ。よって一周目では、半年後にソフィア王女が訪問してくれるまで死蔵していた。その時には、王女の小間使いたちが手を貸してくれたのである。
内側に着る銀青のチュニックはヴィセンテの色だ。袖口は広く豪華な刺繍が施され、胴から続く細身のスカートには丈長の繻子を重ねて緩やかな曲線を描く。歩けば裾から灰青の爪先が覗く。踵を三日月の刺繍が飾る繻子の靴だ。
黒髪には香油が揉み込まれて艶を増す。編んで頭に巻きつけ、宝石の煌めくネットで押さえる。
もう賎民とは言わせない。元より賎民ではないのだが、ひとりでも着られるカスティリャ・デル・ソル・ドラドの堂々たる女主人である。
着替え係が下がり、ベルシエラはふと窓辺の小テーブルを見る。
「あら?」
そこには、食べ損ねていたドライフルーツの小袋があった。テレサに渡されたユウヤケコモモである。
「これ」
ベルシエラの眉間に縦皺が刻まれた。
袋には穴が空いていた。穴の周りには、溶けたような跡がある。その跡の外側には紫色のシミができていた。
「一体何?」
話に聞いた魔物の毒と似ている。だが確信はない。初めて見るシミだった。
(テレサが?一周目にくれた食べ物にも、魔物の毒が少しずつ入っていたのかしら?いつもすぐに食べちゃったから分からないけど。それともテレサがターゲットで、知らずにくれたのかしら)
今はまだ判断材料が少なすぎる。どちらもあり得る事だ。
「この件は後にしましょう」
ベルシエラは自分に言い聞かせるように呟くと、小袋の周りに魔法を巡らせた。誰も触れないように囲っておくのである。
頭を切り替えて、ベルシエラは帳簿係の部屋に行く。後には5人のダマ・ドノールと、砦から選ばれたヴィセンテ派の護衛、そして中立派の魔法使いが付き従った。
ぞろぞろと隊列を組んで薄暗い廊下を進む。時折すれ違う黄金の太陽城で働く人々が、足を止めて二度見する。ベルシエラは背筋を伸ばし、顎を軽く引いて堂々と歩く。
先触れに走った従者が、帳簿室の前で直立不動の姿勢をとっていた。ベルシエラが鷹揚に頷くと、従者はガチャリと扉を開く。よく手入れされた蝶番はきしみもせずに、扉は内側へと開いた。
棚の多い室内では、フェルナンドと助手が立っていた。期待と不安でそわそわと落ち着かない雰囲気だ。
「お待ち致しておりました、奥様」
ベルシエラはソフィア王女に教わった通り、軽く瞼を下げて応じる。フェルナンドと助手は素早く動いて、帳簿室の説明を始めた。
結論から言うと、ベルシエラの予算はきちんと組まれていた。予算案が通った日付は、ベルシエラとヴィセンテの婚姻が決まって間もなくである。一周目ではやはり、各担当部署が横領していたのだ。
「よくエンリケ叔父様がこの予算を通したわね」
「王命でお越しくださる奥様に充分な予算を割くことは、王家への忠義を示すことでもございます」
フェルナンドは職務への誇りを滲ませる。
「万が一、予算が正当に組まれていない場合には、叛逆罪に問われる証拠となり得ます」
「なるほど、そういうことなのね?それで、それはただの数字?それとも実際に使えるのかしら?」
ベルシエラは夫人予算の数字を見て、穏やかに微笑んだ。
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