123 ベルシエラは仕事着を選ぶ
(雪と一緒に溶け去ってしまいたい)
(溶け去らないで、シエリータ。何を言ってるのかはよく分からなかったけど、シエリータが消えてしまうのは、やめて欲しいなあ)
先代夫人は二人の様子を微笑ましく眺めている。ベルシエラは反省した。
「ごめんなさい。消えないわ。でも、調査には行かないと」
(寂しいけど、それに危ない旅だけど、調べに行ってくれるのは頼もしいよ)
(ほんと?)
ヴィセンテはニコリと笑う。真っ黒な隈の出来た弱りきった笑顔だが、ベルシエラへの思いに溢れた微笑みだった。
(ああ、気をつけて行っておいで)
「ええ。調べ尽くして来てやるわ」
(ククク、勇ましいね!可愛いなあ。僕の心臓止める気?)
「またそんなこと言って!」
今回はベルシエラの方が火力が高かったが、そのへんは棚に上げている。ふたりの肩が触れ合って、クスクスと幸せそうに笑い交わす。先代夫人はさりげなく立ち去った。
散歩を終えて、夫婦はそれぞれの部屋に戻った。ヴィセンテは大人しく横になる。ベルシエラは帳簿係のフェルナンドを訪ねるべく、仕事着に着替える。夫に課金する為ではない。昨晩の約束通り、黄金の太陽城の財政状況を教わりに行くのだ。
着替えは、ヴィセンテの指示でつけられたお世話係が手伝ってくれた。全ての人生を通して初めての体験である。この仕事を任せられたのは、フェルナンドの妻イネスを筆頭に洞窟の幽霊たちが薦める家系のスタッフたちだ。
エンリケ叔父にも相談し、わざとエンリケ派も入れておいた。相手もこちらの腹のうちは百も承知だ。ベルシエラは刺激しすぎではないかと肝を冷やした。だがヴィセンテは強気だった。
(エンリケ叔父様だって、今はまだ過激な手段には訴えて来ないだろ)
(どうかしら?衣服や装身具に毒を塗られるかも知れないわ)
「杖神様に毒探知の古代魔法がないか伺ってご覧なさいよ」
ひょいと窓から入って来た先代夫人が口を挟む。
(お姑様はご存じないのでしょうか?)
「あら、知っていたら今でも生きてるわよ」
(すみません)
「謝る事ないのよ」
ヴィセンテは申し訳なさそうに締めくくる。
(やっぱり目を離さないようにするしかないみたいだね)
(そうね、エンツォ。気をつけるわ)
ベルシエラは、遠見の魔法道具を起動する。これは指輪の形をしていた。巡視隊からの結婚祝いであり、一周目にも持っていた。どんな服装にも合う目立たない銀の指輪だ。今回は、物を持ってくるように指示した時の監視用に使うのである。
やがてドレスやアクセサリーが運ばれて来た。優雅なソファにもたれて、ベルシエラは並べられた衣裳を眺める。
「ドレスはこれでどうかしら?」
ベルシエラは、女主人らしいきちんとしたドレスを選ぶ。ソフィア王女のアドバイスを受けながら仕立てた、安心の逸品である。
側に控えるダマ・ドノールのリーダーであるイネスが、満足そうに微笑んだ。それを合図に、お支度チームが作業を開始する。
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