121 ヴィセンテはベルシエラの転生を知る
ヴィセンテの満ち足りた気持ちが伝わって来る。
(好きでいるだけで守れるなんて、あり得る?僕、それならいくらだって出来るよ!)
病弱な当主は、恥ずかし気もなく好きな気持ちを見せて来る。
(ふふ、嬉しい)
ベルシエラは心からの言葉を返す。
(また明日ね。おやすみなさい、エンツォ)
(うん。おやすみ。シエリータも早く寝るんだよ?根詰めちゃダメだよ?)
優しい気遣いを受けて、ベルシエラはほうわりと心が温かくなった。冬はまだ盛りだが、まるで春の陽射しを受けたかのような錯覚に陥いる。ベルシエラの胸の中には、ひっそりと春の花が開く。
その花は小ぶりで優しい色をしていた。ひとつひとつは小さくて見落としてしまいそうだ。だがいつの間にやら広野も丘も埋め尽くす。それでも派手な装いではなく、どこまでも大人しく揺れている。そんな忍びやかな花だった。
(ありがとう、エンツォ。私も、今日はここまでにしておくわ)
(それがいいよ)
それからふたりはそれぞれに微かな笑いを溢した。互いに顔は見えないけれど、満たされ合う気持ちは届く。その晩は、ふたりともぐっすりと眠ることが出来た。
翌朝、ヴィセンテは朝食に出てきた。当主代理一家は、渋々とはいえ本家の紋章を外している。流石に杖神様を手にした本物の当主に叱られては、逆らうわけにもいかないのだ。ここで逆らえば、当主代理の地位を失うかもしれない。場合によっては命も取られるかもしれない。
杖神様が飛んできたことで、ヴィセンテ派が勢い付いている。エンリケ叔父は気に食わない様子だ。温和な表層を保ってはいるが、水面下では一気に逆転するべく動いているのだろう。
(今すぐお城を離れるのは心配だけど)
ベルシエラは黒く艶やかな眉を寄せる。
(お城を離れる?どこへ?)
ヴィセンテの瞳には不安の陰が過ぎる。
(魔法酔いを治してお城を取り戻す方法を探せる場所へ、行って来るつもりなのよ)
(そんな。それは嬉しいけど、でも、僕たち新婚だよ?1週間も経ってないんだよ?)
(分かってるわ。私だって、なるべくならお城を離れたくないわ。でも、エンリケに対策を取られる前に動かないと)
ベルシエラが見張られている今回は、何事もスピードが決め手となりそうである。
(そこを乗り越えれば、いくらでも一緒にいられるのよ)
(そうだけど)
ヴィセンテはそっとベルシエラの指先に触れる。
その日はやっと、食後の散歩が実現した。見張られながらではあるが、ふたりは東屋に腰掛ける。先代夫人もやってきた。ベルシエラは魔法を使って、その場で花粉入りの薬湯を煎じた。
薬湯を用意する間に、ベルシエラは一周目からの出来事を簡単に話した。時間もないがそれ以上に、ヴィセンテの気持ちを思うとあまり詳しく話せなかった。エンリケがベルシエラの命を奪い、先代夫人の魔法で時間と世界を超えた。一周目のヴィセンテは復讐を遂げた。今はそれだけを告げたのだった。
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