120 貴方は私を守る人
ベルシエラはしょぼくれた夫が可哀想で愛しくて、励まさずにはいられない。
(エンツォ、すごく嫌なわけじゃないのよ?)
(分かってるよ。けど、そうだよねぇ。僕たち、まだ会ったばかりだし)
(そうなのよ!)
ベルシエラは夫の理解力に感嘆した。ベルシエラのほうは二周目だ。美空だった時にも、小説「愛をくれた貴女のために」でヴィセンテの心に触れた。今回のヴィセンテは様子が違うとはいえ、本質は変わらない。だが、ヴィセンテから見れば、ベルシエラは突然王命で決まった妻であり、交流を始めてからほんの数日という間柄だ。
互いの魂に触れるような、強烈な出会いではあった。それでも、まだ互いに殆ど知らない同士なのである。話し方の癖や反応の仕方、細かい表情の変化や仕草から読み取れる気持ち。そうした些細な事柄は、まだ全く分からない。
互いの好きな物も知らない。互いの家族についても分からない。分かち合う思い出も、まだ何もない。
(急に全部ぶつけ合うのは、どうして良いか分からなくなっちゃうと思うのよ)
ベルシエラは正直に話した。ヴィセンテがまっすぐな人なので、ベルシエラも素直に言えたのだ。
(お手紙だって、お返事くださらなかったから)
これを聞いて、ヴィセンテは一段と青褪めた。
(ごめん、そのこと謝るのが先だったよね。僕、図々しかった)
結婚準備期間に、ベルシエラはヴィセンテへ手紙を書いていた。一周目は形式的な挨拶状を、今回はもう少し心をこめた手紙を。だが、どちらにも返信は得られなかった。それもそのはずである。ベルシエラは、王宮からのスパイだと思われていたのだから。
(それもいいのよ。エンリケが変なこと吹き込んだからですもの。今は私のこと信じてくれるのよね?)
ヴィセンテは必死に訴えた。
(君のことは信じる。杖神様にも認められた当主夫人だからね)
(あら、あなたの気持ちは?)
ベルシエラはヴィセンテがあまりにも切羽詰まった様子なので、少しからかってみた。
(大好きだよ!)
気持ちを聞かれたヴィセンテは、間髪を入れずに宣言した。ベルシエラが信じるに足る人物か判らないとかスパイかも知れないだとか、それよりもエンリケ叔父が怪しいとか、そういう問題はどこかへ消えてしまったらしい。
(ふふふ、今はそれでいいわ)
(何だよ?今は、って)
ヴィセンテは拗ねた。
(いいのよ、貴方が好きでいてくれるなら、それが一番の力になるもの)
(力?)
ヴィセンテは不思議そうに訊いた。
(ええ。貴方が私を大好きでいてくれることが、私を守ってくれるのよ)
(そうなの?よく分からないけど、それなら簡単にできるよ!だって、どんどん好きになっちゃうからね!)
ベルシエラは閲覧済みの資料を台車に並べる手が速くなる。首まで赤くなっていたが、幸い誰にも見られなかった。
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続きます




