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貴方は私が読んだ人  作者: 黒森 冬炎
第六章 龍と魔物と人間と

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119 丸聞こえは疲れる

 ベルシエラは会話の向こうで悶える夫に困惑していた。


(ええっ、どうしたの?エンツォ?)

(わあっ、やめて!可愛いすぎる。顔みたい。今すぐ閲覧室まで飛んでいきたくなるからやめてよ)


 戸惑う様子も、新婚で初恋の夫には刺激が強い。直に表情を見られないのは辛すぎた。抱きしめたくて仕方がなくなる。今のところ、髪と指先に触れるのが精一杯の愛情表現である。腕を持ち上げられない筋力の無さも原因だが、初恋の臆病さも手伝っている。


 初恋の熱に浮かされて、ヴィセンテは自制が効かなくなりそうだった。現に、可愛らしい反応を見せる妻に心を掴まれて、つい揶揄ってしまう。だが、根が真面目な男である。自分のそんな衝動を恥じてもいた。


 そんなヴィセンテの甘やかな葛藤など露知らず、妻は困惑気味に目元に朱を滲ませる。姿は見えねど雰囲気を察したヴィセンテは、予想される愛らしい仕草がちょっぴり怨めしくもあった。


(シエリータ、人の気も知らないで)



 拗ねたような夫の言葉に、ベルシエラは益々翻弄された。


(えぇ?何よ?)


 ヴィセンテはまっすぐな男である。巡視隊の隊長のような堅物唐変木ではない。それ故に、率直な気持ちを妻に伝えた。


(僕はね、病弱だから、大好きな妻をぎゅーって抱きしめることもできないんだよ)

(いいのよ、そんなこと)

(僕が良くない)

(ええと、そしたら、元気になってから)


 ベルシエラは何の気無しに言った。だがヴィセンテには、それが無性に嬉しかったのだ。病気で弱って死んでゆくだけの身の上だと思っていた。それなのに、当然治るものとして扱ってくれている。そんな妻を愛さずにはいられなかった。


(ああもう、シエリータ、君はどうしてそんなに素敵なんだ)


 ベルシエラには、ヴィセンテの気持ちが分からなかった。自分としてはごく自然な態度だったからである。それでも怖いとは思わなかった。ベルシエラはヴィセンテが愛情深い人であると知っていたのだ。



(今回が一周目だったら、こんな急にグイグイくる人は避けたかもしれないけど)

(えっ、急にグイグイ来る人って、僕)

(あ、ごめん、その)


 またしても筒抜けだった。反射的に思ってしまう内容は、隠しようがない。


(これはちょっと嫌ね)

(嫌なの?何が?)

(思ってること全部丸聞こえなのは、聞かれる方も聞く方も疲れると思うのよ)

(うーん、確かに恥ずかしいけど)

(でしょ?どうにかならないか考えてみるわ)

(うん。そうだねぇ。僕も考えとく)


 会話の向こうでヴィセンテがしゅんとしている。心なしか存在が薄れているようだ。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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