11 さよならノコギリ鳥の森
ギュッと目を瞑って涙を追い出すと、ベルシエラは力強く肯首した。
「分かった。行く。でも、必ず帰ってくるから」
それを聞いて皆の顔は、真昼の太陽が照らしたように輝いた。背中を押していながらも、どこか重い空気だったのだ。けれども、ベルシエラの言葉で一家の憂いは吹き飛んだ。
「おうよ!帰ってこなくてどうすんだよ!」
ディエゴがおどけてベルシエラと肩を組む。
「待ってるぞ。しっかり勉強してこいよ?」
アレックスはベルシエラの肩を何回か叩いた。
「病気しないようにね?夜はちゃんと寝るんだよ?それから、」
「サラ」
「でも、アレックス」
アレックスが首を振って、心配症のあれこれを封じ込める。
「巡視隊の皆さんがお待ちだ」
旅立ちの荷物はほとんど何もなかった。壁にかかっていた巾着袋に杭にかけてある服を入れる。腰のベルトには、小机にあった布を挟む。それで終わり。
「では、ついて来なさい」
隊長に言われて、ベルシエラは騎馬隊列の後ろへ回ろうとした。
「私の横にいなさい。後は蹴られることもあるから」
美空は馬のことを何も知らなかった。迂闊な行動を恥じながらも、生き物は面白いなと感じた。
森を抜けて近くの村で一泊することになった。ベルシエラは初めて森から出たので、道中の何もない道ですらもの珍しく眺めた。でこぼこの道の先で、ぼんやりと灯りが見えた。夕暮れ時の薄紫がまばらに木の生えた草原を染める。
巣に帰る鳥が黒い影となり、猫のような生き物がガサガサと草を分けて走る。
「ゲルダ、乗せてやれ」
「はい」
女性騎士が片手を上げたので、ベルシエラはそちらへ行く。一旦行進は止まり、ゲルダに抱え上げられてベルシエラも馬上の人となる。
巡視隊はやや速度を上げた。日が暮れきる前に人里まで辿り着けるように、との考えからだ。馬の上は高く、縦揺れもあってあちこち痛くなった。
ようやく宿に着いた時、ゲルダが薬を塗ってくれた。
「そのうち慣れるよ」
ゲルダの日に焼けた顔に白い歯が光る。夕陽色の巻毛が明るい笑顔を縁取っていた。生き生きといたずらそうなエメラルド色の眼をくりくりと動かし、ベルシエラの気持ちを和らげた。
「王宮には、あとどれくらいで着きますか?」
「そうだねぇ。半月くらいかな」
ゲルダによれば森番の報告を持ち帰り、最終確認が終わると春の狩が始まるそうだ。毎年のことなので、危険地区の確認以外は既に済ませてある。
「この村から近い町には、そろそろ遠方の貴族たちが集まって来てるんじゃないかな」
「たくさんの人が来るんですか?」
「えっ、知らないの?森番の娘なのに?」
ディエゴも狩を見たことが無いのだ。知らなくて当然である。
「私たちは狩を見られないから」
「いやでも、森の中に人が居ることくらいは分かるでしょ」
呆れるゲルダの言葉に、ベルシエラはしまったと思った。
お読みくださりありがとうございます
続きます