109 送られてきた薬
ベルシエラはもう一つ質問を加えた。
「薬を飲まなかった日の体調は如何でしたか?」
幽霊たちは、また落ち着きなく顔を見合わせる。
「飲まななかった時か」
「どうだったかな」
大半の幽霊は思い出せない様子だ。だが、ひとりははっきりと覚えていた。
「大雪で道が塞がった年に、薬が二月も届かなかったことがあるんだけど」
「どうでした?その時」
ベルシエラは身を乗り出して食い気味に聞く。
「ストックが切れてから、実際には2週間くらいだけど、飲まなかったんだ。次の薬が出た時には、少し体調が良くなってたんだけど」
「それで?その後は?」
「もう一息だからきちんと薬を飲んで完全に治しましょう、って熱がある日も起こされて薬を飲んだけど、結局はこの通りさ」
幽霊は骨と皮ばかりの腕をひらひらと振った。
「薬がどこから来たのかご存知の方は?」
ベルシエラが次の質問に移ると、勢いよく降りてきた幽霊がいた。待ってましたとばかりにベルシエラの前に躍り出る。
「私は200年前にカスティリャ・デル・ソル・ドラドで薬剤室を任されていたフェルナンド・デ・ラ・コリナと申します」
話によると、フェルナンドは山向こうの丘陵地帯からやってきた。薬剤に興味があってフィールドワークの旅をしていたのだ。この地に辿り着いた時、数世代に渡って直系家族のみに現れる魔法酔いの症状を不審に思った。
「だっておかしいでしょう?嫁いで来た人もなるなら、遺伝病ではないし、直系以外なら移住者はかからないから風土病でもない」
「そこに疑問を持たないほうがおかしいですよね?」
ベルシエラは我が意を得たりと頷いた。
「そうなんですよ。ここに来た時には薬の知識を持つ者もいなくて」
「えっ?お城なのに?」
「はい。そこそこの人数が暮らしておりましたし、セルバンテスは懐の深い家柄ですから、旅人もしばしば滞在しておりました」
「それなのに?」
「それなのに、です」
幽霊たちはヒソヒソと言葉を交わした。フェルナンドの話は続く。
「ご当主は病弱でしたが、姪御さんに継承するまでは持ち堪えておられました。姪御さんは実力がとてもおありでしたが、継承なされて黄金の太陽城に入られた途端に魔法酔いを発症なされて」
フェルナンドは悔しそうに唇を噛み締める。
そこへ、若い貴婦人の幽霊が飛んできた。
「フェルナンド、あとは私が」
「いえ、ご当主様。あ、ええと、200年前のですが」
習慣で当主の肩書きで呼んでしまい、フェルナンドはベルシエラに気を遣う。
「いいのよ、続けて下さい」
「はい」
気を取り直して、フェルナンドは続きを話す。
「こちらのご当主様のお婿様が発病した折、初めて私の知らない薬が処方されていたと知りました」
フェルナンドは悔しそうに首を振る。
「なぜ気がつかなかったのか。悔しくてなりません。薬は元ヒメネスの分家から直接当主宛に送られて来ていたのです。安全のために側近の男が開封しておりましたが、奴は私に確認もせず、ご当主様に薬湯として出していました」
ベルシエラは、遂に薬の具体的な入手ルートを知る人に会えたようだ。
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