107 ベルシエラは洞窟に着く
一行が動き出すと、監視役の1人が距離を保ちながら付いてくる。ひとりは報告に走る。そしてベルシエラは、ヴィセンテに心の声を送る。
(エンツォ、具合はどう?)
(あっ、シエリータ!熱はまだあるんだ。時々目は覚めるんだけど、起き上がれそうにないや。今日もお散歩は無理そうなんだ。ごめんね)
しょぼんと肩を落とす様子が手に取るように分かる。
(お夕飯はお部屋で摂る方が良さそうね)
(うん。そうするよ)
(なるべくなら水薬は避けてね?)
(大丈夫。起き上がれない時には無理に飲まされることないから)
(良かった)
ベルシエラはひとまず安堵した。
(ゆっくり休んで。私は杖神様の洞窟に集まってる幽霊たちに会ってくるわね)
(幽霊?)
(明日全部話すわよ)
ヴィセンテは不安そうだ。
(今夜は?話せる?)
(少しだけよ?また熱をだすから)
(分かったよ)
(いくら水薬を避けられるからって、しょっちゅう熱を出していたら体力が持たないわよ)
(うん。今度こそ本当に寝たきりになっちゃうよね)
(気をつけてね?)
(うん、分かったよ。もう寝るよ)
(それがいいわ。おやすみ)
(おやすみシエリータ)
ヴィセンテが大人しく休んだ気配を確認して、ベルシエラは幽霊たちに意識を向けた。
足場の悪い禿山の道を降りて氷の洞窟に到着する。禿山と言っても、疎な草木は生えていた。長らく人跡が絶えていたらしく、所々で灌木の小さな茂みが邪魔をする。洞窟の入り口は半ば崩れて狭くなっていた。
幽霊たちはすいすい通り抜ける。ベルシエラは屈んでどうにか中に入った。そのまま昔月の民が集落を作っていた最奥へと降りる。杖神様の台座も昔のままだ。ここには魔法が満ちていて、開祖の時代から変わっていない。人々が洞窟を出て広野や森で暮らすようになった以外は。
元集落は、今や幽霊集落になっていた。ベルシエラは驚いて集落の入り口で立ち止まる。その空間には、幽霊たちがひしめいていたのだ。
(フェスかってくらい騒がしいな)
「まあ、本当ね。たくさんいらっしゃるわ」
先代夫人は呑気に見回している。彼女は電脳世界を通じて美空=ベルシエラの世界を知っている。ベルシエラが美空の時に覚えた言葉を使っても通じていた。
聞けば夫が継ぐ時も息子が継ぐ時も、寝たきりの寝室で継承式を行ったと言う。
「私もここに来るのは初めてなのよ」
半透明な水色に見える壁は、全て氷である。遥か天井に僅かな穴があるらしく、いく筋かの細い陽光が差している。そこから落ちてきたのか、氷で覆われた床には虫や木の葉や鳥の羽が散らばっていた。
「害のないものは落ちてくるのだ」
杖神様が教えてくれた。この地に有害な物は魔法障壁に阻まれるのだそうだ。障壁は杖神様の幽霊が維持している。
「さて、皆の衆。ちょっとお耳を拝借するよ」
杖神様の一声で、騒がしかった幽霊たちが一斉にこちらを向いた。
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