106 杖神様に連れられて
「ベルシエラよ」
急にふわりとご先祖様の幽霊がやってきた。監視役には、ベルシエラがひとりで東屋に座っているように見える。声は届かないので、ベルシエラは気にせず会話を始めた。
「あっ、杖神様?あれ?本体、というか杖は?離れても大丈夫なのですか?」
「支障はない。杖のそばに留まっておっただけだからな。杖が本体ということでもないぞ」
「あら、左様でいらっしゃいましたの」
杖神様が杖抜きで動き回れることは、先代夫人も知らなかったようだ。
杖神様は、杖に閉じ込められていたわけではない。杖が動くのは、幽霊が魔法で動かしているだけだ。あるいは、魔法ですらないポルターガイスト現象である。杖そのものの意志ではなかった。
「左様でございましたか」
「左様だ。時にベルシエラよ」
「はい」
「幽霊と交流できるのなら、他の祖先たちにも会って見ぬかね?」
「他の祖先たち?」
「あら、あたくしもお会いしてみとうござぁますわ」
「では、ふたりともついて来い。全員ではないが、未練ある者たちが氷の洞窟に留まっておる」
ベルシエラは見張りをちらりと盗み見た。
「始まりの洞窟ですよね?私に付いてる監視役が跡を付けてくると思うんです。エンリケ派に知られても良いのでしょうか」
「なに、案ずるな。場所そのものは知れ渡っておるからな」
「在処が知られているのに、開祖の杖が盗まれる心配はないんですか?」
「我等に認められた者のみ、我が杖に触れる事が出来る」
「それなら安心ですね」
「そうだな。杖を守る者も年々増えておるし」
「年々?」
次第に増えた、ならまだ分かるのだが。
「わが意志を継ぐ者が無念の死を遂げると、洞窟にやってくるのだ」
「もしかして、直系以外でも?」
魔法使いの家系で開祖の道具を継ぐ者は、必ずしも直系長子ではない。家によって条件は異なるが、最も魔法の力が強い血族から選ばれるのは共通している。そして、多くは直系血族の中から継承者が現れるのだ。
嫡流に開祖の血が濃く遺るのは必然である。たまに、遠い傍系に先祖還りが現れる。その世代は一族で最も相応しい者が杖を継ぐ。この傍系出身の当主が養子縁組で本家に入るかどうかは、家によって違う。
だが、ベルシエラが質問したのは傍系当主のことではない。小説「愛をくれた貴方のために」では、ヴィセンテが甥を養子にして血脈開祖の杖神様を継承させている。セルバンテス家では、養子縁組も含む嫡流継承ということだ。つまり、当主である限り直系扱いになる。
ベルシエラが言及したのは、継承に関係の無い血族の幽霊である。
「そうだ。それどころか、ヴィセンテの代になってからは城に身を寄せる下々の者共まで押しかけてくる」
ベルシエラと先代夫人は、ハッと顔を見合わせた。
「エンリケ派に排除された人たちですね?」
「そのようだ」
「お姑様、是非お話を伺いに参りましょう」
「そうね。参りましょう」
「では、ついておいで」
話が一段落して、杖神様は移動を始めた。
お読みくださりありがとうございます
続きます
閑話
あとをつける について
尾行する意味のこの言葉、探偵小説や冒険物語には頻出
昭和の探偵小説では「跡」の印象が強い
「尾ける」も散見されます
現在閲覧可能な多くの辞書では「跡を付ける」となっておりますが
近年では「後をつける」「後を付ける」もしくは「あとをつける」が実際の使用例としては優勢の模様
各人各様の訳語や当て字を使っていた明治大正期
当て字のセンスを競った昭和期
それを引き継いで人気の当て字が定番当て字として使用された平成期
令和の今は、ネットで優勢な「正しい、一般的」表記を採用する人が多くなっているようです
正確な状況を知る為には専門家の調査を待つしかないですが、民族的な傾向としては、「グループ内の有力者に従う」現状はさもありなんというところ
例え世界的権威の参考図書や一次資料を提示しても、「自分にとっての権威者」に従うのが日本人
反論する人は悪、もしくは「変な人」
もしかしたら、定義の変化は他のどんな国よりも速いのかもしれません
誤用の定着は、ネット時代になって高速化しました
その為、定着以前の用例や定義へのアクセスも容易です
国立国語学研究所によれば、使用率70%になると単語の定義や用例に加えられるとのことです
令和の小説では、意味から選ぶ独自表記は「誤字」とみなされるようです
これは厨二ルビの先祖とでも言うべき表記方法で、多用された時代では、読み方はちゃんとルビで付いてました
表音表意文字である、日本の漢字の特性を活かした文字表現だと思うんですよね
一時期なろうで多かった、造語や人名に頑なにルビを振らない主義とは違ったのです
いやだって、作者、意図したように読んでほしいでしょ
せっかく思いついて書いても勝手読みされたらドヤれないじゃないですか
ばかなの?
もっとも
そんな、業務報告書じゃないんだから
とは思うけども、余程の理由がない限り私も使いませんが




