105 今回は見張られている
その午後もヴィセンテは熱を出してしまった。かなり体調が良かったとはいえ、痩せ細って蒼白い病人なのである。長く話せば当然身体に負担がかかるのだ。
約束がなくなったベルシエラは、ひとり散歩に出ようと一階の回廊を歩いていた。
「あら、奥様、どちらへ?」
通りかかったテレサが声をかけてくる。一周目とは違って人目を憚ることはなかった。状況は好転していると見て良いだろう。
「お散歩よ」
「まあ、お散歩ですか。それじゃあ、こちら、お散歩のお供にどうぞ」
テレサはポケットから布製の小袋を取り出した。
「なあに?」
「干したユウヤケコモモです。お好きだと伺って」
「え?」
「あら、違いました?」
「ううん、いいのよ。いただくわ」
ベルシエラがユウヤケコモモのドライフルーツを口にしたのは、黄金の太陽城に来てからである。確かに気に入ったが、誰かに話す機会はまだない。
(誰かと勘違いしたのかしら?)
微かに座りの悪い感覚を抱いて、ベルシエラはテレサの背中を見送った。
「あら、ベルシエラさん、おひとり?」
「はい、お姑様。エンツォに心の会話で話しかけてみたんですけど無反応で。きっとまたお熱です」
「やっぱりねぇ」
先代夫人の幽霊は、呑気にクスクス笑っている。一周目の様子を覚えているので、心に余裕があるのだ。まだ命に関わる状態ではないと分かっているのだろう。
「食後の散歩で、花粉入りの煎じ薬を飲んでもらおうと思ってたんですけど」
「エンツォ、お散歩する体力なかったわね」
「はい。夕方にでも、煎じてお部屋までお持ちしようと思います」
「そうね。なるべく早く飲み始めるほうがいいものね」
先代夫人とベルシエラは、中庭の東屋にいた。一周目でヴィセンテが試作品の魔法道具に触れて倒れた場所である。あの事故が起きなければ、一周目のベルシエラはセルバンテス家の魔法酔い発病に強い疑念を抱かなかっただろう。
一周目でも、王命での婚姻が告げられた後に巡視隊と話をした。今回同様、直系親族のみが外から嫁いできた人まで病弱になることを不思議には思った。だが、一周目は自分が発病しなかったので、あの事故まではそれほど真剣に調査をしなかった。
魔法酔いそのものの調査はしたが、セルバンテス直系に起こっていることの根本原因には事故の日まで眼を向けなかったのだ。
「お姑様、今回は見張りがついてるみたいです」
「あらぁ、本当ねぇ。ちょっと動きにくくなっちゃったかしらね?」
一周目のベルシエラはほぼ空気扱いだったので、その分自由に動けた。しかし今回は、ヴィセンテに当主としての自覚を持たせた危険人物だ。エンリケ派の魔法使いと騎士が中庭にまで付いてきている。
幸い少し離れてはいるが、ベルシエラがどこで何をしているのか逐一エンリケ叔父に報告されてしまいそうだ。
「一周目で閉じ込められた場所に行ってみようと思ってたんですけど」
「ひとりで行ったらまた捕まっちゃうわよ」
「ええ。まだあの場所はないかもしれませんし、まずは何とかして帳簿係と話をしないと」
一周目でベルシエラが閉じ込められたのは、今から数年後の出来事だ。その場所に毒草や呪いの道具などが集められたのも、まだ先の事かもしれない。
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続きます