103 水薬はどう使われたのか
テーブルに白い卵の殻が散らばる。先代夫人はその様子を見て微笑んだ。
「あたくしがうんと小さかった頃ね、本家のお城に泊まったことがあるの。その時もこんな感じでした。幼かったあたくしは、怖くて泣いちゃったのよ」
テレサの昔話によれば、先代の頃までカスティリャ・デル・ソル・ドラドでは全員一緒に食事を取っていたそうだ。先代夫人は末端の傍系だが、何かの行事でその頃に黄金の太陽城で宿泊したのであろう。
そんな情景を懐かしく眺めながら、先代夫人はふとベルシエラに尋ねた。
「ねえ、ベルシエラさん」
(はい)
「貴女、一周目は魔法酔いにならなかったわよね?」
(それは多分、エンツォが死なずに済んだのと同じ理由じゃないでしょうか?)
「魔法の力が強いから?」
(はい。抵抗出来たんだと思います)
静かに麦粥を啜っていたヴィセンテは、ここで微かに首を傾げた。
(水薬が体調を悪化させる可能性はある。だけど、初めて魔法酔いになった時には、水薬を飲んでいなかったよ)
(原因ではない、ってことね?)
「一周目も今回も、ベルシエラさんは水薬飲んだ?」
(飲んでません)
ヴィセンテは形の良い銀色の眉を寄せる。
(さっきから、一周目ってなに?「前」と関係あること?)
(あー、後で話すつもりだったんだけど)
「そうね。長くなるから後にしましょ」
少し不満そうなヴィセンテの口元を、ベルシエラはちょんとつついた。
(ふふっ、可愛い)
(分かったよ、後でいいや)
ヴィセンテはすっと顔を動かしてベルシエラの指先に唇を触れた。
(またっ!)
(ククク、可愛い)
ベルシエラは手を引っ込める。上機嫌で目を細める夫を睨みつけながら、胸元に抱え込むようにして手を隠した。
ヴィセンテが思いの外早く追求も揶揄いもやめて退いたので、話を再開する。
「確かに、あたくしみたいに嫁いで来た人も発病してきましたけど、ベルシエラさんだけ無事なのは不思議ですわね」
(ええ。ですから、水薬が原因かと思ったんです。私は口にしてませんから。でも、発病後に処方されたとなると、水薬は悪化させる薬なのかな、と)
(こっそり食事や飲み物に混ぜたかも知れんぞ?)
杖神様の意見に、先代夫人とベルシエラは顔を見合わせた。
「それね」
(ええ、それかもしれません。なんで今まで気が付かなかったんだろう)
ヴィセンテも頷いた。
(シエリータ、これからはちゃんと毒があるかどうか調べてから食べるんだだよ)
(私にも多少の知識はあるけど、知らない毒だってたくさんあると思うわ。なにか道具とか、魔法とか、ないの?)
(お毒味役をつけよう)
(それはちょっと。身代わりで他の人が犠牲になるなんて、嫌だわ)
(えっ、それはそうだけど、でも)
ベルシエラは庶民である。美空は現代人だ。ヴィセンテとは少し感覚が違った。
(エンツォにはずっと、お毒味役がいたの?)
「ベルシエラさん、仕方ないのよ。貴族ですもの」
ベルシエラは、毒味役が不用になる魔法道具を開発することを胸の内で誓った。
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