102 クレイジー フォー ミール
ベルシエラの質問に、ヴィセンテと幽霊達は三人三様の反応を示した。先代夫人は、一周目のヴィセンテを知っている。そして、この4人の中では、唯一事件の顛末を実際に見ていた。水薬が有害である事は分かっている。
「ああ、なるほど!それで継承式の後も調子がよかったのね」
先代夫人は深く頷いた。ヴィセンテは母親の幽霊は見えないが、声のする方に目を向けた。
(水薬を飲まないと調子がいい?まさか、そんな。いやでも、そういえば、そうかも)
ヴィセンテは目を瞑って、調子が良かった日のことを思い出そうとしている。
(水薬とはなんだ?)
杖神様は不思議そうに聞いてきた。
(魔法酔いの薬ですよ)
ヴィセンテの説明では足りない。
(杖神様もご存じの通り、ルシア・ヒメネスの時代から今まで、セルバンテスの直系では他家から入った妻や夫も含めて魔法酔いをする体質になってしまうんです)
(実に煩わしいことだが、魔物の蔓延るこの地では致し方ないことだろう)
ベルシエラは杖神様の見解に驚いた。杖神様は、何も始まりの洞窟に数百年間閉じこもっていたわけではない。歴代当主と共に外の世界とも関わって来たのだ。
(杖神様。土地のせいなら直系家族だけというのはおかしいです。巡視隊のみんなもそう言ってました)
(巡視隊?)
(あ、巡視隊は王宮所属の巡回騎士団の一部です。)
(そうなのか)
(はい。それで、そのルシア・ヒメネスの一族に婿入りしたエンリケが持って来る水薬が、逆に魔法酔いや虚弱体質に拍車をかけているんじゃないかと思うんです)
(ほう。それで、飲まない時には調子が良いという話になったのか)
(その通りです)
その時、1人の男が椅子から立ち上がった。最前列の召使いだ。序列はかなり上だろう。だとするとエンリケ派かもしれない、とベルシエラは警戒した。
「恐れながら申し上げます」
立ち上がった男は、にこりともせず奏上した。
「なんだ?申してみよ」
ヴィセンテはジロリと睨む。かなり威圧的な目付きだ。これは病気で目が落ち窪んでいるせいもあった。エンリケは温和な微笑を浮かべているので、人気はそちらに傾くだろう。
(エンリケが勿体つけてる隙にエンツォが許可できて良かったわ)
ベルシエラはひとまずはほっとする。エンリケが発言許可の権利を奪うことは防げた。
「我らは食事を待ち望んでおります」
(大袈裟ね。まあ、だいぶ待たせちゃったから、気が立っているんでしょうけど)
朝食室を見渡すと、目付きが鋭くなっている者が半数くらいはいた。
(1日5、6食おやつつきを知ってる人たちかしら?)
ベルシエラは、彼らをこれ以上待たせると恨まれるだろうと悟った。
(あら?テレサ、案外静かね?)
テレサも多少は苛立っているようだが、かなり穏やかな顔付きだった。他の暴食派は今にも飛びかかって来そうな雰囲気である。
(なんか作り物っぽい怒り顔だわ。本気度が足りない)
ヴィセンテはすんなりと要求を受け入れた。皆の様子がただ事ではなかったというのもあるだろう。
「分かった。待たせたな。太陽の大地に感謝。いただきます」
途端に皆の顔に笑顔が戻った。エンリケ派は顔色を変えない者もいたが、殆どの召使いが笑顔を見せた。
「太陽の大地に感謝!」
朝食室は歓喜の声に包まれた。黄金の太陽城の人々は、一斉にゆで卵の殻を剥き始めるのだった。
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閑話
ゆで卵
ゆで卵は既に古代ギリシャで食べられていたということです
ギリシャ文化では卵が世界を表すという考え方が生まれ、ヘブライ文化では生と死を象徴するという考え方が現れました
キリスト教にも取り入れられて復活を象徴するようにもなったとか
また卵は命を育む象徴として、おめでたい物とされました
食物史では、人類はその歴史の初めから卵を食べているとされています
最初は野鳥の巣から採取して生で食べていた人間たちですが、古代ローマでは既に多くの調理法があったようです
ローマ帝国が滅びた後は、何故か現在のスペイン以外、卵をあまり食べない時代が続いたとか
古代中国でも卵は食べられていたということです
現代でも世界中で卵は日常的に食卓に上ります
そのなかで、日本ほどサルモネラ菌の少ない鶏卵を生産する国はないとか
それほどまでに人気のある食材ですので、卵の歴史やレシピを紹介する資料は、古くから世界各地に数多くあります
見ているだけでも楽しいですね