100 熱を出した後は調子が良い当主
(杖神様、ところでエンリケ一家に何なさるおつもりですか?)
「その汚れ切った心を焼き浄めるべく、たっぷりと原初の炎をお見舞いしてくれるわ」
(や、流石にそれはちょっと、やりすぎなのでは?)
「良いじゃないのよ、ベルシエラさん。エンリケは私たちのエンツォを燃やそうとしていたじゃないの」
確かにそうだ。ベルシエラが転生する羽目に陥った原因でもある。
(あ、やっぱり杖神様以外に声が聞こえるよ)
新婚の当主夫人が幽霊がいるなんて口走ったら問題である。この国は自然信仰だ。怪談話としての幽霊民話は存在する。だが、身分ある人が公衆の面前でする話ではない。
「あら、声は聞こえるのね。幽霊の声は心の声扱いになるんだわ」
(つ、杖神様、考えなおしてはいただけませんか?)
しかし、ヴィセンテにも声は聞こえるようなのだ。ベルシエラが話の流れを元に戻して誤魔化しても、一向に引き下がらない。
(ほら!聞こえるよ。誰?ご他の先祖様?)
「何を言うの。お母様の声、お忘れ?たいした孝行息子様ですこと!」
嫌味を投げつける先代夫人の声に、ヴィセンテは思わず背筋を伸ばす。
(えええっ!お母様?もしかしてお父様も?それにルイスとバルもいるのかい?ねえ、お兄様にお返事を)
「いいえ、杖神様とお母様だけよ」
(そうですか)
先代夫人は立ち上がりかけた息子の言葉を遮る。ヴィセンテは力無く座り直した。
(エンツォ)
ベルシエラはそっと夫の背中を摩る。ヴィセンテは弱々しく微笑んだ。ベルシエラの胸は痛んだ。
(エンツォ、エンツォ。弟さんの代わりにはなれないけれど、これからは私が家族よ)
(うん。ありがとう、シエリータ)
オーロラが揺れる薄灰青の瞳にうっすらと涙が浮かぶ。杖神様を握る手に、入れられる限りの力がこもる。
先代夫人は、カタリナ叔母とその息子2人を軽蔑の目で見下ろした。
「前の時も、結婚式は欠席したくせにわざわざお客様がお帰りになった後でやって来たわよ」
(どういうつもりなのかしら)
(前の時?)
「それは今いいのよ」
ヴィセンテはベルシエラの転生を知らない。自分だけ蚊帳の外で、不機嫌になる。
(今夜話すわ)
「あら、話すの?」
(ええ、お姑様。そうしようと思います。話しておけば、説明が楽ですもの)
(なんだか感じ悪いけど、夜に教えてくれるんだね)
(エンツォが熱を出していなければね)
(大丈夫だよ。今日は調子がいいんだ)
「おい」
杖神様が痺れを切らす。
「何故彼奴らをそのままにしておくのだ」
(杖神様、どうかお気を鎮めて)
ベルシエラは必死に止めようとする。
(うーん、どうしたら良いかな。杖神様がいらしても、あんまり態度を変えないねぇ?)
「全く持ってなっとらん。微かにわが一族の気配はすれど、些か異質な者どもよのう」
「燃やしちゃいましょ」
(お姑様も、ここはひとつ、どうか穏便に)
「えい、不甲斐ない」
「何か考えでもおありなの?」
ベルシエラはどうにかこうにか、いきりたつ幽霊達を押し留めた。
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続きます