9.同盟国の危機
「おらぁ!」
エンジェルベルトは、逃げ回る使者を羽交い締めにした。
「ひぇぇぇ! 厄災! 厄災ぃぃ!!!」
「ほら、もう帰るよ」
座って鬼ごっこを見届けていたパヤノが、一つ手を叩き立ち上がる。
「ひゃああぁぁぁ!」
バンッ!
「今度は何!?」
横でいきなりショットガンを放つメルピンに、パヤノはカッと睨みを効かせた。
「小人! 小人がいるんです! こいつもきっと敵です!」
メルピンの銃口の先には、一〇センチほどの小さなおじさんがいた。
「うわっ! キモッ!」
羽交い締めを解いたエンジェルベルトが、小人を見て反射的に誹謗を放つ。その小人は、白髪混じりの頭に黒縁眼鏡をかけた、高齢男性に見えた。
ふとパヤノに視線を移すと、彼女の顔が青ざめていた。
「ちょっと待って……どういうこと」
「パヤノ、どうしたの?」
エンジェルベルトはパヤノに尋ねる。パヤノはエンジェルベルトの問いかけを無視して、白髪の小人を両手の平ですくった。
「マーチンさま!」
エンジェルベルトは口を開け唖然とした。マーチン? スタルケ王国の国王の名前だ。
メルピンが小人に近付き、まじまじと見つめる。
「ん? あ! 確かにスタルケのトップさんだ。メルピン気付きませんでした」
メルピンは小人に向けて頭を下げる。そこでようやく小人が口を開いた。
「ずっと叫んでたのに! 遅いぞお前ら!!!」
「ぷぷっ」
驚くほどの声の高さに、エンジェルベルトは思わず吹いてしまった。
「こら、エンジェルベルト、国王さまに向けてそんな反応……くはっ」
顔の前、ゼロ距離で聞いたパヤノも肩を震わせた。
「マーチンさま、ヘリウムでもお吸いになられたんですか」
この世界にもヘリウムガスはあるのか。エンジェルベルトはパヤノのいじりによって、また一つ前世との共通点を見つけた。
「違う! 違うよ! この体のせい! 小さくなったらこんな声になった!」
「そうなんですね! よしよし」
パヤノは人差し指で、マーチンの頭を撫でる。
「やめろ! やめるんだ! 国王だぞ!」
どうしても、子供が威張っているようにしか聞こえない。
「とにかく!」
マーチンはパヤノの手の平から飛び降りた。
「助けてくれ! おかしいことは多々あったかと思うが、見ての通りこの国は侵攻された!」
マーチンの体が小さくなっている。それが魔法使いによるものだということは、火を見るより明らかだった。
マー諸国連合の、とある教会で、ベロアとルナは、二人きりの会合をしていた。
「あらあら、『格納の魔法使い』、力は本物のようね」
ベロアは、紅茶をすすりながら、目だけをルナに移した。
「はい。グッドマンさまにより極小化した監視役によると、エンジェルベルトさまの放出速度は、銃弾よりも速く、極大化したやりを放出し、監禁部屋の扉をいとも簡単に破壊したようですよ」
「で、私が操った兵士たちもいとも簡単にやられたのよね。それもエンジェルベルトの手柄なのかしら」
「エンジェルベルトさまももちろんですが、一緒にスタルケに出向いたロンドーテ王国王女・パヤノ、そして護衛軍参謀・メルピンにより倒されたようです。特にパヤノは、特殊武具・盾銃を駆使する、訓練された新正人のようです」
「王女が新正人ね……面白いわ」
ベロアはそう言いながらも、全く口角を上げない。
ベロアさまは、怒っている。ルナはすぐに理解し、ごくりとつばを飲み込んだ。
「グッドマンさまは、『俺が仕込んだ罠を、ロンドーテの奴らがいとも簡単に突破したのが気に食わねぇ。今回は勝手にやっててくれ』とのことで、今日は来られません」
ルナは、一旦別の話題に逸し、ベロアの激昂の回避を試みる。
「そう。不貞腐されてるのね。かわいい規模さんだこと」
単純に面白いのか、バカにしているのか。ベロアの胸の内は定かではないが、ひとまずルナの試みは成功した。
今回、操作の魔法使い・ベロア、規模の魔法使い・グッドマン、マキシモ教布教官・ルナを中心に企てた、エンジェルベルトの戦闘能力、判断能力を測る作戦は、最大の目的である『エンジェルベルトの拘束』を果たすことは叶わなかった。だが、火獣バッキーに対する戦闘だけでなく、正人に対する対応も確認できたことは収穫だった。
元々の作戦は、火獣バッキーの侵攻のみだったが、その後、グッドマンが襲撃したスタルケに使者としてエンジェルベルトが訪国したのは、嬉しい誤算だった。それにより、彼女を知る材料を増やすことができたからだ。
エンジェルベルトは、スタルケ城内でスタルケ王国の正人に対して攻撃を行っていた。同時に、ロンドーテ王国の正人には友好的な態度を示している。つまり、内に優しく外に厳しい。これは、国を統治する上で不可欠な要素だ。全方位に攻撃的、もしくは友好的であったら、彼女は上に立つ存在ではないだろう。今回の調査は、エンジェルベルトを頂点とする新国家擁立に、望みをつなげる材料となる。
グッドマンは不貞腐され、ベロアは怒っているが、ルナにとっては、行った価値のある作戦だと、確かに言えるものだった。
「ベロアさま、今後はいかがいたしましょう」
ルナは、ベロアに指示を仰ぐ。自分の意志とは関係なく、魔法使いの意向が最優先される。
「エンジェルベルトへの対応は、ベロアさまに一任すると、教祖は仰っていますよ」
「みたいね。そうねぇ、どうしようかしら」
ベロアは、舌なめずりをした。やけに色っぽい。
「面白い子よね。消滅させるのはもったいないと思ったわ。ただ、新国家樹立に値する力量を持っているかと言われれば、そうとは思わない。私は、彼女が欲しい」
ベロアは、エンジェルベルトを配下に置くつもりだ。ベロアの支配欲は、ルナの想像を超えていた。
「次回の会合の日を決めておいて。もちろん、グッドマンにも来てくれるよう念を押してね」
「承知いたしました」
エンジェルベルトがベロアの配下になれば、マキシモ教管理下になったとも言える。悪い話ではない。不安要素を上げるとしたら、ベロアに敵対したエンジェルベルトがマキシモ教そのものを攻撃対象にすることだ。
そうなれば、マキシモ教創立以来の大きな抗争となる。
まあ、なるようになるか。ルナは目の前の魔法使いに頭を下げ、その場を後にした。
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