5.火獣襲来
「はっ、ほれっ、はい~~」
エンジェルベルトの左手から飛び出たお手玉が、右手に入っていき、数秒後にまた左手から放出される。その光景を見て、リカは表情を緩くした。
「上手上手、道化師みたい」
「この世界にも道化師っているんだ」
「いるよ。涙のメイクをしてる人ね」
いや、まず注目すべきは鼻だろう。
「あ! もう一時間。演習は終わりね」
リカは腕時計を確認し、エンジェルベルトに切り上げを命じた。
「はーい。今晩のご飯は?」
「ペンタポンのソテーだって」
「やったぁー!」
エンジェルベルトとリカは、もうすっかり仲良くなっている。リカや、時折部屋に来ては様子を気にしてくれる、ロンドーテ王国王女・パヤノのおかげで、エンジェルベルトは正人のことを悪く思わなくなっていた。
部屋に帰ると、パヤノが既にソファで寝ころんでいた。
「パヤノ、何してるの?」
「あら、エンジェルベルト、何か用?」
いや、こっちのセリフなんだが。エンジェルベルトは苦笑いを浮かべる。
「そのソファ気持ちいい?」
「うん。気持ちいいわよ。この部屋の家具、全て私が選んで、パパに提案したの。この国で用意できる最高級のものしかないわ。私が言わなかったら、肥溜めのような部屋になってたと思うわよ」
「ええ!? ありがたい限りだ」
獣たちの糞尿まみれで生活なんて、たまったもんじゃない。
「なんで私に、そんなに親切にしてくれるの?」
エンジェルベルトは、パヤノに尋ねた。
「うーん、なんでだと思う?」
質問返しが好きだなこの人は。
「えー、まあ、私に何かしら共通点を感じてくれて、好いてくれてるとかかなぁ」
「すごい! 正解よ! その共通点は秘密だけど!」
パヤノは艶のある青髪をなびかせ、クシャッと笑った。
その共通点を知りたいんだけどな。
バタンッ! その時、部屋の扉が勢いよく開いた。先には護衛軍の兵士がいた。
「何事? そんなに慌てて」
「パヤノさま! ここにおいででしたか! 至急王室へおいでください。緊急な議題が! エンジェルベルトさんもご一緒にお願いいたします!」
「え、あ、はい!」
急な呼びかけに声が裏返る。王室に呼ばれるのは捕まった時以来だ。あまり良い思い出のある場所ではない。また牢屋に入れるなんて、やめてくれよ。
パヤノとエンジェルベルトは、兵士に連れられ、王室へ向かった。
「うーん、小生らだけで対応できないかもしれません。ん? ああ! エンジェルベルトたんっ!!!」
王室には、王国護衛軍を含めた国の幹部が揃っていた。エンジェルベルトは、護衛軍軍長のブリトーにいたく気に入られている。
「毎日毎日探してたのに。エンジェルベルトたんの部屋が全然見つからないんだよ」
ブリトーには私の部屋は隠しているのか。エンジェルベルトはクラウディオの気づかいに感謝した。
「あはは。どこなんでしょうね」
ぐっとブリトーが距離を近付けてきたので、思わず反射的に彼を蹴飛ばしてしまう。
「ゲフッ!」
ブリトーは五メートル程先へ飛んで行った。軽い力でも、大の大人をそれだけ吹っ飛ばすことができる。エンジェルベルトは、改めて自分は普通ではないのだと実感した。
「パヤノ、エンジェルベルト、急に呼びだしてごめんね」
クラウディオが声を掛けた。相変わらず締まらない喋り方だ。
「緊急事態なんだ。ロンドーテ王国の辺境に火獣バッキーの大群が現れた」
「火獣バッキー?」
エンジェルベルトは初めて聞く獣の名前に首を斜めにした。
「そう。火獣バッキーは、草獣と違い、凶暴で人を襲うことも多い危険な獣だ。町も荒らされているという情報も入った。中心部に来るまでに早急に討伐しないと、この国全体の問題になりかねないんだよ」
「おかしいわね。バッキーの生息地は東方地方のはず。ここロンドーテは西方地方。一部の群れが何かの拍子でこちらに来ることはあっても、大群で来るなんて」
パヤノがあごに手をつけ考えている。
「ひとまず、護衛軍を辺境に向かわせる。エンジェルベルト、一緒に向かってくれない?」
「ええ、私が? なんでですか!?」
クラウディオの提案に、エンジェルベルトは思わずたじろぐ。
「嫌です。なんか話聞いてたら怖いですし」
「魔法使いが何を言ってる」
クラウディオは、呆れ笑いをした。エンジェルベルトは周りを見渡す。
「え、え、みなさん、まじで言ってます?」
護衛軍副軍団長・ウェイン、そして参謀・メルピンが静かに頷く。
「申し訳ないけど、バッキーは魔法使いの手も借りたいくらいに強いんだ。エンジェルベルトたんには是非とも協力してもらいたい。覚書もあるしね」
覚書……、そうだ。有事の際にはこの国の攻撃に参加しなければならない。どうせないだろうと思っていたことが、早速起こってしまった。
「……了解です」
「エンジェルベルトたぁぁん!」
エンジェルベルトはブリトーに抱きつかれながら、脳内ではどう戦うかのシミュレーションを始めた。
ロンドーテ王国辺境に到着すると、予想だにしない光景が待っていた。
村は壊滅し、人の死体がちらほらと見える。あちこちには大量の赤い巨大狼、これがバッキーだろう。そして引き裂かれた後のある大量の衣服。
「……これ、食べられたってこと……?」
エンジェルベルトは、ウェインに尋ねた。
「そういうことだ。バッキーは人食だ」
目の前の惨劇に思わず涙を流していると、バッキーの金切り声のような叫びがこだました。
「キャオオオオオオオン!」
瞬きの間に、視界に入っていたほとんどのバッキーが倒れている。
「え? え?」
「ふう。エンジェルベルトたん、泣いている暇はないですぞ」
ブリトーの大剣には、血がべっとりと付いている。
「ブリトー軍長は、ロンドーテ三大突起戦力の一人だ。覚えておけ」
ウェインが、言葉の出ないエンジェルベルトの肩にポンと手を置いた。
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