3.王女の一声
「魔法使いさん、仲良くしましょうね」
パヤノの一言は、その場にいる者全員を凍り付かせた。
「パヤノさま、なんてことを!」
ハルテンが形相を変えてパヤノに詰め寄る。
「私たち正人と、世界を破滅に導く魔法使いが仲良くするなど、とても考えられないことです!」
「そうかな?」
パヤノはエンジェルベルトの垂れた目を真っすぐ見つめた。
「この人は嘘をついていない。私が保証する。だから私たちだって、エンジェルベルトさんに寄り添う姿勢を見せなければいけないんじゃないかな」
クラウディオが、パヤノの言葉を聞き、一つため息をつく。
「パヤノ、お前は優しすぎる」
「優しくちゃいけない?」
「……いいよ」
あまあま父ちゃんめ。
「仕方ない」
クラウディオが太ももをポンと叩いた。
「護衛軍に、娘までもが魔法使いを消滅させるべきではないという意見だ。そもそも我が国の戦力でこの魔法使いと戦えるかどうかも未知数。これはもう決まったね。詳細はこれから詰めよう」
「国民への説明はどうなさるおつもりですか」
ハルテンが先ほどまでの語気より、少し押さえてクラウディオに尋ねる。
「国民へはしばらくは秘密。正人統治国家が魔法使いを保持しているなんて、しっかりとした理論武装をしないと、反乱が起きかねないからね」
クラウディオが自分を納得させるようにうんうんと頷く。エンジェルベルトは、ひとまず命が救われたことに、安堵した。
その後、エンジェルベルトはロンドーテ城内の個室に移され、衣食住不自由なく生活を始めた。ロンドーテ王国幹部による、エンジェルベルトへの対応は、協議に協議を重ね、その上でも難航を極めた。
エンジェルベルトが落ちてから二週間、ロンドーテ王国とエンジェルベルトの関係性は、覚書という名目で、国民には秘密裏に取り交わされた。
・『格納の魔法使い』(以下、魔法使い)エンジェルベルトは、ロンドーテ王国(以下、王国)内庇護下で生活をするものとする。
・魔法使いエンジェルベルトは、王国国民に害を及ぼす行為の一切を禁ずる。
・魔法使いエンジェルベルトは、王国が他国から軍事的・政治的侵攻を受けた際、王国の指揮の下、他国へ攻撃をしなければならない。
・魔法使いエンジェルベルトは、王国からの許可がない限り、格納能力の使用の一切を禁ずる。
覚書の内容は、ロンドーテ王国贔屓の事柄が多く見受けられたが、エンジェルベルトは怒りを覚えることはなかった。
その理由は、エンジェルベルトの自身への自信だった。もし、到底許容できない害が自分に及ぶときには、自力でこの国を抜け出すことができるだろうと、彼女は格納能力を理解していく中で確信していた。
エンジェルベルトがロンドーテ城へ住み始めてから、有事の際に使いこなせるように、一日に一時間程、演習室での能力の使用を許可されている。
その中で、エンジェルベルトは自分の能力の特性を理解が進んでいた。
「エンジェルベルト、今日はどうする?」
世話役のリカ・ナニータが、能力使用時の演習場に顔を出した。
「じゃあ、今日は車いっちゃおうかな」
エンジェルベルトは、手首をグルグルと回す。
「あらあら、今日も随分と気合が入ってるね」
バンダナを巻き、エプロン姿のリカは、後ろにいた使いに指示を出し、ものの一〇分ほどで、草獣ニューク二体と、ニュークが引く車一台が演習場に入ってきた。
「初めて見た。これがニューク……」
「そうそう。かわいいでしょ?」
ニュークは、馬のような体に一本の角が生えている草獣だ。この世界の獣は、草や火などの、タイプがあるらしい。
「馬みたいだな」
「馬? なにそれ?」
「最近漠然と前世の記憶が頭に流れてくるんだよ。馬は私が前世で生きていた時にいた動物。音の魔法使いが言った世界線888が何かはよく分からないけど、前世があることは確かみたい」
「へー。この世界とエンジェルベルトの前世は似ているのね。ま、不思議なことってあるからね。私もあの九大厄災とこんな気軽におしゃべりしてるなんて、夢にも思わなかったから」
「厄災言うな」
エンジェルベルトは軽口を飛ばすリカの肩をこつんと叩く。
「きゃあっ! てあれ?」
リカが自分の体をポンポンと触る。
「格納されてない! エンジェルベルト、コントロールできるようになったんだ!」
「えっへん」
エンジェルベルトは腰に手を当て、斜め上を向き鼻息をふかした。リカと最初に出会った時、握手を求められたので、手を握ると、パッと消えていなくなってしまった。右手から放出することで事なきを得たが、リカ曰く「格納空間には二度と行きたくない」とのことだった。
今では格納・放出のコントロールは自在にでき、格納できる種類や上限を見極めているところだ。
「よし、いくぞ!」
エンジェルベルトは左手をニュークに当てる。
ドルゥゥゥン。一体のニュークが左手に吸い込まれる。
「よし、次」
ドルゥゥゥン。二体目のニュークが左手に格納された。
「大丈夫?」
リカの心配そうな声が聞こえてきた。
「まだ大丈夫」
エンジェルベルトの能力は、格納すればするほど、気分が悪くなるものだった。今回用意したニューク二体と車は、これまでで一番の容量だ。
「はっ!」
ドルゥゥゥン。車を格納した。一つ大きな息を吐く。初めは問題ないように思えたが、徐々
に気持ちが悪くなる。
「ふーふーふー」
大きな深呼吸で気分を良くさせる努力をする。リカは声を掛けながら、エンジェルベルトの背中をさする。
「ゆっくり、ゆっくりね」
リカの声に落ち着きを取り戻し、右手を前に構える。
「放出!」
バニュウウウン!
車が目に見えぬ速さで放出された。大きな衝撃音と共に、壁には大きな窪みができている。
その数秒後、ヌルっとニューク二体が放出された。二体とも地面に足をつけた瞬間元気に走り回っている。
「すごい! 放出速度とタイミングのコントロールもクリアだ!」
リカはエンジェルベルトに抱きついて、喜びを爆発させた。
「なんでリカがそんなに喜んでるんだよ」
まんざらでもないエンジェルベルトは、人差し指で頬をかいた。
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