10.タロイズムにかけて
「メルピンがただいま戻りました!」
ロンドーテ城王室の扉を、メルピンはバタンと勢い良く開けた。
「あれ? クラウディオ王は?」
「クラウディオ王は現在入浴中です」
王側近のハルテンが、スタルケ王国から戻ったパヤノ一行を出迎える。
「ハルテン、スタルケ王国が大変なことになっているの。すぐにパパを呼んでもらえるかしら」
パヤノはそう言い、服の中から小人を出して見せる。
「……うわぁ!」
その小人がスタルケ王国国王マーチンだと気付いたハルテンは、腰から地面にパタンと倒れた。
「マーチンさま、なぜそのようなお姿に」
腰を抜かしたまま、ハルテンはマーチンに尋ねた。
「グッドマンにやられたんだ! くそ! あいつだけなら抑えられたのに!」
マーチンの表情は悔しそうに見えるが、甲高い声がそれをかき消す。
「そ、そうですか。ひとまず、クラウディオ王をお呼びしますので、ここでしばらくお待ちください」
ハルテンは下を向いてそそくさと部屋を後にした。笑いをこらえているに違いない。エンジェルベルトはそう確信した。
「マーチン! どうしちゃったのよその姿!!」
マーチンの変わり果てた姿を見て、クラウディオの口角がぐんと下がった。また同じ説明を聞くのか。エンジェルベルトは小人の隣で辟易とした。
「グッドマンにやられたんだよ! あいつは触れた物体の大きさを自在に変えることができるんだ」
「グッドマン……規模の魔法使いだね」
クラウディオは腕組みをした。
「スタルケとロンドーテは同盟国。なんとかマーチンをもとに戻さなければ。でもなんで急に襲ってきたんだろう。グッドマンといえば、グッドマン魔国の魔王だったよね。スタルケはグッドマン魔国に喧嘩でも売ったのかい?」
「そんなことはしない。我が国は根強いタロイズムだが、向こうから攻めてこない限りは、関与せずの方針だ。俺にもなにがなんだか分からない。だが、グッドマン魔国と、マー諸国連合は絶対に許さない。」
「マー諸国連合? そこも襲ってきたの?」
マーチンは頷く。
「……そういうことなのね」
マー諸国連合の名を聞いて、パヤノが反応した。
「何がそういうことなの?」
エンジェルベルトはパヤノに尋ねる。
「スタルケ王国の兵士、皆様子がおかしかったでしょ?」
「うん。同盟国なのに私たちを襲ってきた」
「そう。マー諸国連合代表、操作の魔法使い・ベロアに操られていたのよ。証拠に、彼らの目はひどく充血していた。操作の魔法にかかると見られる症状だわ。マー諸国連合とグッドマン魔国は、繋がっているのよ」
「くそっ! 厄災二人がかりで来られたんだ、いくら精鋭揃いの我が国の兵士でも、太刀打ちできなかった」
マーチンは、小さな手で地面をプチュンと殴る。
「規模、そして操作の魔法使いの狙いは、きっとエンジェルベルトよ。エンジェルベルトのいるここロンドーテを攻めるために、まずは隣国のスタルケ王国を攻撃した」
「ええ?」
パヤノに急に指をさされ、エンジェルベルトは目を大きくさせる。
「私?」
「どこからか、あなたの情報が他国にバレているのかもしれない」
「バレてたらなんで狙われるの?」
「考えられるとしたら、ベロアはマキシモ教徒の代表的な教徒。『魔法使いの救出』を名目に正人統治国家であるロンドーテへの侵攻を計画している、って感じかな」
「うーん、エンジェルベルトの存在がバレているとしたら、ありえるね」
パヤノの意見に、クラウディオも同乗する。
「エンジェルベルトを他国に、ましては魔国に奪われるわけにはいかない。スタルケが既に侵攻を受けている事実もある。ロンドーテ王国は、魔国に屈せず、正面から戦うよ!」
クラウディオが高らかに宣言した。なんだかどんどんと勝手に話が進んでいる気がする。
「いや、ちょっと待ってください」
エンジェルベルトはクラウディオを制止する。
「魔国の狙いが私なら、私一人でなんとかしますよ。私のせいでここに侵攻してくるなら、私からマー諸国連合に出向きます。それならこの国の安全は保証される。私は、衣食住を提供してくれているこの国に感謝しています。無駄な争いで損害を出すのは見ていられないです」
「違うのよエンジェルベルト」
パヤノがゆっくりと首を横に振る。
「この戦いは、エンジェルベルトだけのものじゃない。国と国、そしてその国が持っている思想と思想の戦いなの。あなたがここに住んでいるからといって、ロンドーテがタロイズムなのは変わらない。スタルケが攻められ、マキシモ教を真っ向から潰す口実ができたの。エンジェルベルト、私たちと一緒に戦ってほしい」
パヤノの真っ直ぐな瞳に、揺るぎない意思を感じる。
そうだ、タロイズムからすれば、魔法使いは忌み嫌われる存在。私も例外的にこの国に認められている。ロンドーテ王国の意に背くことはするべきではない。身の振り方は考えなければ。
エンジェルベルトは、ロンドーテ王国の方針に従うことにした。
ロンドーテ王国とスタルケ王国で、秘密裏にグッドマン魔国、マー諸国連合への対抗策を
練り始め数日が経ったある時。
ドゴォォォォン!!!
ロンドーテ城に、突如大砲が撃ち込まれた。
「裏切ったな!! クラウディオ!!!」
エンジェルベルトは城の外に集まっている大軍を見る。それは紛れもなく、ロンドーテ王国の国民だった。




