1.厄災は突然に
「ま、魔法使いだあああ!!」
性別、年齢問わず、慌てふためく人々は体を力が入っていなかった。呆然と立ち尽くす者、どこかへ駆け出していく者。親の太ももに抱きつき泣き枯らす子供。
エンジェルベルトは、その異常な状況を飲み込めずにいた。彼女の周りには、半径五メートル程のクレーターができ、その中心でエンジェルベルトは傷一つない。
空から落ちてきた。そのことと、自分の名前だけを理解している。
「あ、あ、あー、エンジェルベルト、エンジェルベルトです」
声を出してみる。高く澄んだ声は徐々に大きくなり、エンジェルベルトに十分な落ち着きを与えた。
「メルピンさま! こちらです!」
声をする方へ振り向くと、青年が涙を流しながら女を連れていた。青年はエンジェルベルトを指さしている。
「ふーん、空から落ちてきたのを見たの?」
「はい! み、見ました! ものすごい勢いで! 本当なんです!」
「ごめんごめん、このクレーターを見れば、質問をする意味はなかったね。メルピンは彼女を魔法使いと認定します!」
女がそう言った瞬間、パンッと乾いた音がした。エンジェルベルトの目の前には、音速で進む銃弾があった。
「きゃあああああ!!」
エンジェルベルトは咄嗟に左手を前に出す。自分の体であることは変わりないのに、受け止めきれるはずはないのに、とにかく死にたくない一心だった。
ドルゥゥゥンッ。
強い力でつむっていた目を開くと、左手の平からは、すうと煙が立ち上っていた。痛みはない。傷もない。
「え、ええ? どゆこと?」
訳も分からず驚いていると、途端に気持ちが悪くなった。エンジェルベルトは激しい嘔吐を繰り返した。右手を地面につけたその時、パンッという乾いた音と共に、銃弾が右手の平から発砲される感触があった。
「おえええええ!?」
自分の体から出て、地面に一メートル程のめり込み止まる銃弾。その光景を見て、感じて、エンジェルベルトの気分の悪さは増すばかりだった。
「ふーん。そんな能力なんだ。やっぱり、魔法使いはこわいや。メルピンはそう思うよ。ほら、みんな、弱ってるよ。魔封石をはめて城に連れていくよ」
エンジェルベルトに思考する力は残っておらず、女の言葉を遠くに聞きながら、ぐったりと倒れた。
「クラウディオ王、その距離は危険では」
「いいのいいの。気になるじゃない。我が国に魔法使いが落ちてきたことなんてないんだから」
周りが騒がしいので、ゆっくりと目を開く。目の前には、牢屋に入り眼帯をした中年がいた。頭には王冠、赤いマントを羽織り、お腹は少し出ている。
数秒経ち、この中年が牢屋に入っているのではなく、自分が入っているのだと、エンジェルベルトは気付いた。
「なに!? ここどこ!? なんで!?」
エンジェルベルトの出した声がかなり大きかったからか、中年はひょいっと後ろに下がった。
「おいおい元気じゃないの。こんなやわな牢屋で大丈夫? ハルテンちゃん」
「魔封石の牢屋ですので、底に身体が触れている限り能力は使えません」
中年の後ろには、肩にちょうどつく長さのオレンジの髪をした女性が立っている。
「君、名前なんて言うの?」
中年が一歩前に出た。
「いや、まず自分が名乗るでしょう普通は。あと、なんで私を閉じ込めているとか、説明してくれないと」
エンジェルベルトは、徐々にぼーっとしていた頭が働きだし、いらだち始めていた。人は未知のことが続くと、ムカムカするものだ。冷静に客観的になろうとしながらも、彼女は中年をかっと睨む。
「ああ、ごめんごめん。僕はクラウディオ・ガントラ。このロンドーテ王国の国王だよ」
「国王? 国の王ってこと!?」
「そりゃそうだ。何言ってんの」
クラウディオはくくくと笑った。
「で、そこの綺麗なお姉さんが、ハルテンちゃんね。僕の秘書というか、側近だね」
ハルテンが五度程頭を下げ、会釈をする。
「で、君が『世界の九大厄災』と称される魔法使い。君が落ちてきたってことは、どこかで一人魔法使いが消滅したってことかな。君を消滅させるかどうかは、まだ決めかねている。僕は優しいからね」
「ん? え? どゆこと?」
さらっととんでもないことを言うクラウディオに、エンジェルベルトはかみ砕いて説明するよう求めた。
ロンドーテ王国国王クラウディオの代わりに、側近のハルテンから説明を受けた。エンジェルベルトは頭の中で要約をする。
世界には九人の魔法使いがいて、それらは正人と呼ばれる非魔法使い、つまりは一般人から『九大厄災』や『九大神』と呼ばれている。読み方に差があるのは、天から落ちてくる魔法使いを、福をもたらす神と捉えるか、災いをもたらす厄災と捉えるかの違いらしい。
魔法使いは、一人で国家戦力に匹敵する能力を所有し(使いこなせれば)、国を征服、または新たな国を建国している者もいる。
最初に魔法使いが落ちてきたのは、二〇年前、今まで把握されているだけで、今回を除き二人の魔法使いが、過激化した正人至上主義『タロイズム』に属する国家群によって、消滅した。一人消滅すると、世界のどこかで新たな魔法使いが落ちてくる。魔法使いが空から落ちてくる原因、その能力の所以は不明だが、五年前、スタルケ王国により消滅した『音の魔法使い・ブラン』の手記によると、「魔法使いは皆世界線888から来た」との記述があるが、他の魔法使いがブランの手記について言及しないため、その信憑性は定かではない。
現在、タロイズム派の国家・または組織と、魔法使いの権力保持、他国征服を支持し、正人は魔法使いの下で生命活動を営まれるべきだという『マキシモ教』との対立が激化しており、無宗教派からは、その全ては二〇年前から現れた魔法使いのせいだという意見が強い。
「理解いただけましたか?」
ハルテンは、エンジェルベルトに臆する様子はなく、淡々と話し続けた。
「理解はしたけど、というか、理解するしかないんだけど、納得はいっていない。世界線888? とか私はよく分からないし、征服とは、侵略とか、私はそんなことするつもり一切ない。空から降ってきて、変な能力があるんだから私は魔法使いなんだろうけど、良い魔法使いだよ」
「そんな奴は過去いないからなぁ」
クラウディオが横から入ってくる。
「正直、我がロンドーテ王国は、タロイズムだ。過激派ではないにしろ、魔法使いに支配されつつあるいまの世界情勢を、全く良く思っていない。君のその格納の能力は使い方によっては全魔法使いでも上位に匹敵するものだろうし、できれば、僕は君を消滅させたい」
クラウディオはお腹を掻きながらにこやかに話す。その表情と内容の乖離が、彼の奥底にあるこわさを滲みだしている。
「クラウディオ国王さん? でいいんですかね。私は本当に危害を与えるつもりはないんです。気が付いたら空から落ちて、いきなりワーキャー騒がれて、ピストルで撃たれて、挙句の果てには牢屋生活ですか? 私、女性ですよ。こんな扱い許されませんよ。今までの魔法使いがなんだっていうんですか。私はエンジェルベルトという一人の人間です。いや、人間じゃないのか? よく分かりませんけど。こんなか弱き女性にひどい仕打ちをするなんて、神が許しませんよ! いや、私が神なのか? ああもう、とにかくここから出して私を自由にして!!」
エンジェルベルトは、追い込まれれば追い込まれる程、口が立つ者だった。
「か弱いかどうかは疑問ですが、確かに私から見ても美しい顔立ちです」
ハルテンがエンジェルベルトに鏡を手渡した。白い肌に、銀髪のボブ、目鼻立ちはくっきりとしており、綺麗な二重のタレ目に吸い込まれそうになる。
「え! 私ってこんなに可愛いんだ!?」
クラウディオとハルテンが苦笑いを浮かべる。
「話は聞かせていただきましたよ! メルピンはこの魔法使いを利用すべきだと思います!」
自分の顔に見惚れていたエンジェルベルトは、ふと我に帰り、聞き覚えのある声に、恐怖を思い出した。扉の前には、彼女を射殺しようとした、八重歯が特徴的な女性が立っていた。
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