短編_星降る夜に_WB
「お前に守ることなんぞ、できるか。」
最近の日課ともいえる夜の交わり。
何度目かの夜を過ごしてきた時に、政鷹は猫明に言われた。
「お前が誰かを守るなんざ、器用なことはできるまい。」
先程まで息を切らしていた女。
だが、脈略の無さにというよりも、ごもっともな言葉に、肯定の無言を貫く。
「守るのではなく、お前は壊すことが出来る。それも生半可な破壊ではなく、それこそ人を殺めてしまうくらいの暴力的な破壊。」
「何が言いたい、猫明。」
「最中のお前は、何かから守ろうという目をしていた。」
セックスをしている時に、そんな目をするはずがないと政鷹は思う。半ば猫明の言葉には呆れて、煙草に手を伸ばした。
「私を、ではなく…お前自身をな。」
掴んだ煙草はあっけなく床に落ちる。
「どういう意味だ、さっきから。的を得て話せ。」
「聞き返したな?ならば正解という訳だ。政鷹、お前は愉快だな。」
そういって猫明はケラケラと笑いながら、ベッドから抜け出した。
猫明は聡明だ。何事も見透かしているような瞳が政鷹は嫌いだった。
これが任務でなければ、絶対に近寄りたくない人間。アキラさんには逆らえない。だから政鷹は猫明と関係を持ち続けている。
その苦手な聡明さに、今回は的を得られた。
政鷹は性行為が苦手だった。いや、今でも苦手で、そもそも女性自体が苦手である。幼少期のトラウマが、彼の異性への感覚をおかしくさせたのだ。
しかし、今回の猫明の言い回しはそこではない。”性行為が苦手な自分”を守ろうとしているのではない。”性行為が苦手な自分を作り出した母親”を守ろうとしていると猫明は言いたいのだ。
男に飢え媚びる母という名の女、下品に情事を囃し立て笑う男共。そして抗うことも、受け入れることもできない自分が何度も頭に浮かびあがる。
政鷹にとって、行為とは自分が犯した罪の追体験であり、耐え難い拷問そのものだ。
「壊せば良い。」
猫明の声にはっと我に返る。
「お前は守らなくて良い。壊せばいいのだ、それを。」
「守るわけがない。守っている訳ないだろう。」
「守っているから、頭から離れないのだ。守っているから、苦しいのだ。」
「なっ…。」
「鰐鷹と呼ばれる男がなぜそこまで意固地になる?全て壊して、失くしてしまえば良い。失くしてみろ、できなかったことが出来るようになる。お前はお前という枠を超えて、上へ行ける。」
失くしたからこそ囚われている。殺してしまったからこそ思い出すのだ。愛してくれた自分を。大事にしてくれていた名前を。政鷹は、その温かさを知っている。
「猫明。」
「政鷹。」
「愛している。」
「私もだ、我愛你政鷹。」
ベッドから抜け出した体を政鷹が引き寄せ、もう一度肌が重なり合う。冷たくはない、芯から熱を覚えている互いの肌。
「血に汚れた手なんぞ、洗い流しても落ちはせん。ならば誰のものだったかわからなくしてしまえ。壊して壊して壊して…残ったものが、お前にとって一番必要なものだ。」
「わかりやすい答えだな。」
「お前がお前でいられるのであれば、守らなくても良い。」
「アキラとやらに、礼を言おう。お前と巡り合わせてくれたこと。」
「小龍に、悪かったと、伝えてくれ。」