灰色紙
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
よーし、それじゃ復習だ。「雲」の定義はなんですか?
そう、大気中の水滴や氷の粒が集まってできたものだな。これらの中で雨なり雪なりが形成されて、地上へ降ってくるわけだ。
空気中に漂う水蒸気が、何かしらの原因で凝結して水になるか。あるいは氷になっていくかによってできる。
飽和水蒸気量的に、気温が低い時ほど雲ができやすい。空で雲を見かけるとしたら周りが涼しいか、雲自体が気温の低い高所にある場合とかだろうな。
そうやってできる雲たちは、意図せずに陽の光を遮り、同時に暑さも防ぐことがしばしばだ。もたらされる雨は、大地を濡らす以上の被害、もしくは恩恵をもたらし、それによって命運を左右された歴史上の人々は、枚挙にいとまがない。
しかし、そのような大仰なものでなくても。あるいは水や氷の塊でなかったとしても、雲の果たす役割は、私たちが考えるよりたくさんあるかもしれない。
先生の昔の話なんだが、聞いてみないか?
先生が学生時代は、漫画の技を真似するのがブームになっていた。
子供が真似をしたくなるような技って、作るのがなかなか難しいんだよね。
大人から見れば、実際に使えない、放たれることがない、無駄に洗練された無駄のない無駄な動きというやつ。それでいて子供の琴線に触れなきゃいけないんだから。
溜めポーズを作って、一気に発射するタイプのものが非常に多かったっけなあ。体一つや、傘一本で再現できるものは人気が高い。
下校途中となれば各作品の必殺技が小学生たちの間で飛び交って、オールスター状態。連発しても相手は倒れず、「どこが『必殺』じゃい!」と突っ込むこともしばしばだったっけ。
しかし、こいつらは見えないために、当たった当たらないの論争に発展する恐れもある。なので先生たちの界隈だと、より結果を見やすいように、飛び道具系が流行り出したんだよ。
本当は鳥とかの生き物を狙いたいところだが、事故以外で命をそまつにしたくないという、妙な潔癖を持つ先生たち。代わりに、めいめいで用意して宙に浮かせるものをターゲットにすることをしていた。
よく用いられたのが、極薄の紙片や生地たちだ。勢いよく放り上げたが最後、たとえ風が吹いていなくても、彼らは頻繁に身をよじる。
たとえ大きく左右へ泳がなくても、裏と表をひっくり返す動作ひとつで、我々が投げる石たちをかわすことさえできる。
ひっくり返ってのよけは、確率的には高くないと思う。だけどやたらと回数が偏ったりして印象に残るんだ。「まれによくある」というやつだな。
いったん命中させたものは、その時点でお役御免。先生たちは新しいターゲットを調達することになっている。
こいつがまたトレーディングカードのようにはまってさ。長く現役でいられるような紙切れ、布切れがないものかと、家の中から外のゴミまでいろいろと探し回ったりしたもんだ。
狙いは正確、放てば必中を目指す必殺技の真似っことしては、相反する方向ではあったけれどね。
その中、ある友達が放るものは最古参でありながら、いまだ命中の味を知らずに、後輩たちへ席をゆずらないままでいた。
四角い色紙で、表が灰色、裏が白色の折り鶴を作るのに使えそうな一枚。手のひらにかろうじておさまるサイズのそれを、数メートル離れたところで宙へ放り投げ、落ちるまでの間に投石でとらえんとする。
キャラたちのポーズは、紙が放られる前よりとっていた。あとは、気まぐれな紙へ手に持つ石たちで、熱烈にアプローチするだけだ。
紙がふわりと投げられる。向かって左へ、早くも流れ始めた標的へ向け、先生を含めた総勢5名が一斉に石を投げつけた。
うち2つは軌道が重なり、届く前にぶつかりあって彼方へ飛んだ。
うち1つは、急激に高度を下げた紙の上部を、何センチもずれて通り過ぎていった。
残り2つは、コントロールミスがはからずも偏差射撃となり、落ちゆく紙の身体をそれぞれにとらえるかと思われた。
けれども、速さの異なりが致命傷となる。
ほんの数センチ、うなりをあげながら早くに紙近くまできた石は、かすかにカーブしてしまい、直撃には至らない。
そして、その質量は紙を動かすに足る風を呼び込む。このわずかなタイムラグで、ふわりと再度浮き上がった紙は、まんまと最後の石を飛び越えていった。
結果、無傷。王者の座に汚れなしだ。
ウイニングランならぬ、ウイニングフライとばかりに、紙は緩やかに高度を下げながら、なお左へそれていく。
今日の現場は用水路ぞいの細道だ。
用水路側は、高くて目の細かいフェンスでもってガードされているから、紙を落とす心配はないが、紙が向かっているのはその反対側。人様の家の畑だ。
こちらは柵とかがなく、先生たちも靴でのしのし侵入できてしまうような環境。いまは何かを植えられている様子もなく、作業する人もめったに見かけない。そしてここにいるのは掟知らずな小学生どもと来ている。
紙が領空侵犯し、自分が領土侵犯しても、見られなければオッケー精神。その日も、ちょっと紙が遊泳し、畑の中ほどまで入り込んでしまったのさえ、さして問題に思わなかったんだ。
しかし、今日は格別天気がよく、土が乾いた黄色の表面を広げていたから気がつけた。
紙が手を離れてから舞い、地面に落ちるまでの軌跡。その真下の土が、どんどんと濃い茶色に染まっていったのだから。
紙を取りに行こうとして足を乗せると、ぐしゃりと水音が立って、水そのものもにじんでくる。土は、この短い間でたっぷりと水気を含んでいたんだ。
これまで、このようなことはなかった。先生たち自身も顔を見合わせたよ。
あたかも空を舞った紙が、雨雲になって雨を降らせたようだと思ったさ。入念に調べたいところだったが、ここは人様の土地。音を立てては誰かに見られるかもしれない。
後日に調べようと、この場は解散になったのさ。
それから数日間。私たちは畑に手が加えられやしないかと、見に徹した。
同じことを試すには、人の気配がないことが第一。もしこれから畑に仕事させよう動きが見えたら、いましばらく実験は我慢せねばならないだろう。
さいわい、といっていいか畑に現れる者は引き続きいなかった。持ち主の家は、ほんの数十センチの間を置いて隣り合っている。間違っても家に物を当てるわけにはいかない。
あの日とほぼ同じ条件を整えた先生たちは、見とがめを受けないうちにアクションへ取り掛かった。
紙の放り投げも、先生たちの投石タイミングもほぼ合わせたつもりだが、軌道まで完全には再現しようもない。
そのうえ、先生一同の目は紙の飛ぶ真下の地面へ注がれている。皆の石が、そろって低空飛行ぎみだったのも、やむを得ないことといえよう。
確かに、紙は自分の飛んでいく真下の土へ湿り気をもたらしていた。
肉眼で確かめられる、しずくのような形ではなかったが、土たちがたちまち色を濃くしていくのを、先生たちはリアルタイムに目撃した。
そして、ほどなく灰色紙の伝説も崩れ去る。
今回投げられた5つの石は、なんとも奇妙な軌道を描いた。
5つのうち、4つが次々と玉つき事故を起こし、その身をもって加速。最後の1つを強く強く後押しするよう、ぶつかっていったんだ。
普通なら、どこかで石はあさっての方向へ飛んでいき、すべてはおじゃんになっていただろう。それが奇跡的なブーストとなって、最後の石へ思いを継いだ。
加速につぐ加速に、紙は身をひるがえす余地もなかったのだろう。ひらりひらりと、余裕さえ感じる舞いっぷりの、ど真ん中を石は貫いていったんだ。
紙に開いた大穴は、雲をかき分けてできる空間、そのものに思えた。
実際、この時は昇っている陽の光が、紙の穴から畑へ差し込み、つい先ほどまで湿るばかりの土の上へ降り注いでいたんだ。
それは時間にして、一秒とない間だったと思う。
紙がその頭上からどくや、湿った土からわずかに蒸気が立ち昇るとともに、崖が崩れるような動きで、盛られた土が形を乱していく。
本来の土の高さを抜け、しまいには陥没して穴が開いてしまう。誰も上から体重をかけたわけでもないのに。
紙はほどなく畑へ不時着するも、その回収は投げた友達に任せて、先生たちは瞬く間にこさえられた陥没へ向かったんだ。
でも、誰もが一目見ただけで、それ以上の直視を避けてしまう。
真っ黒いひと房の髪。その根元にくっつく、私たちと同じ色をした肌の一部。
それが地面の中へ埋まりかけながら飛び出しているのを見たら、子供とて容易に想像ができるだろう。土の下へ何があるのかなど。
紙を回収し、畑へ入り込んだ自分たちの足跡を入念に消してしまうと、先生たちはその場を後にし、以降はずっとあそこへ近寄っていない。
しばらく、あれを目にした私たちは、ドラマとかで見るようにパトカーたちがあの畑周りに集まるものと思っていたが、そのような気配はなく。時間が空くうちに、みんなして見た白昼夢だったんじゃないかと考え出したんだ。
ただ親づてに聞いた話だと、あの畑の持ち主で隣り合う家に住んでいた人は、私たちがあれを見てから半年後に、あわただしく引っ越していってしまったのだとか。