【9】騎士団の訓練に参加する
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シンシアの服装をもっと地味なものにするように伝えると、テラーは項垂れて落ち込んだ。
「テラーさん……」
「大丈夫ですわシンシア様。このテラー、失念しておりました。シンシア様ほどお可愛らしい方が騎士団に行くのならばあまり愛らしい服装は厳禁でした。シンシア様を見てるとついつい可愛らしい服を着せたい欲が抑えられず……」
「お前の方がよっぽど人形遊びにハマってるじゃないか」
今まで散々濡れ衣を着せられたデュークは文句を言わずにはいられなかった。
テラーはデュークの文句を軽く黙殺する。
「地味な服とのことですが、立場が分かりやすいようにメイド服のままがいいでしょうね。ではもっとシンプルで飾り気のないメイド服をご用意いたします」
「お願いします」
翌日も出勤のため、テラーは急いで地味なメイド服を用意しに走った。
そしてデュークとシンシアはデュークの部屋に戻り夕食を摂る。
「―――私、何もしてないのにこんなおいしいご飯だけ頂いてていいの?」
ステーキを切り分けながらシンシアが呟いた。
「……お前のスキルは金には代えがたい価値がある。メイドは建前だ。俺の側にいるだけでお前は本来の仕事をこなしている」
デュークには珍しく、長文でシンシアをフォローした。実際、シンシアと触れているだけでデュークの体調は頗る優れているのだからこれは本心からの言葉だ。
「……ありがとう」
まさかデュークからフォローされるとは思っていなかったシンシアは少し面食らったが、素直に礼を口にした。
「じゃあ、ステーキをお代わりしてもいいかしら」
「……ああ」
きちんと自分の仕事をこなしているシンシアは、何の引け目もなくおかわりのステーキを要求した。
***
「―――えーっと、この二人がくっついてるのはデュークの威圧を抑えるために必要なことだから、お前ら勘違いしないように」
訓練場に集まった騎士達の前で、ヘルメスは気まずそうにそう宣言した。その視線は片腕でシンシアを抱いているデュークに向いている。
大勢の騎士達の視線を一身に受けてもデュークはどこ吹く風だ。その腕に抱かれているシンシアも無表情を貫いている。だが、その内心は緊張しっぱなしだった。
こんな大勢の前に出されるなんて聞いてない……。
シンシアは内心ガチガチに固まっていた。なにせ、今世ではほとんど人に関わることはなかったのだ。前世で築き上げた対人能力もこの十五年間でゼロに戻ってしまっていた。そんなシンシアが自分の事など一捻りでノックダウンさせられそうな騎士達の前になんの心構えもなく出されたのだ。その内心は推して知るべしだろう。
だが、必死に平静を装っているシンシアの動揺をデュークが察することはない。彼にもまた、それができるだけの対人能力が備わっていないからだ。シンシアが微かに震えているのも、少し寒いのだろうくらいにしか思っていなかった。
しかし、ただ一人、ヘルメスだけはそんなシンシアの様子に気付いていた。
ヘルメスはなるべく早く話を終わらせ、騎士達の視線をシンシアから逸らす。
訓練に取り掛かった騎士達の注意が自分から逸れたことでシンシアは肩の力を抜いた。
「はぁ」
「?」
察する能力が大幅に欠如しているデュークはそんなシンシアの様子に首を傾げる。
「おいデューク、まずは走り込みだがお前はどうする?」
「これを抱いたまま参加する」
「周数は減らすか?」
「いや、減らさなくていい。実戦ではそんな甘えは許されない」
これまで、デュークは単独での任務にしか就いたことはなかった。デュークが側にいると他の人間が満足に実力を発揮することができなくなるからだ。
だが、これからは大人数での任務にも同行することが可能となった。といっても、シンシアにくっついていると他のスキルも使えなくなるため、最後の砦のような扱いだが。しかし、Sランクの魔獣を単独で下すという伝説を残したデュークがいるのといないのでは安心感が違う。
実戦で他の騎士との連携を取るためにも、事前に訓練しておくことが求められるのだ。
シンプルなメイド服姿のシンシアを片腕に乗せたまま他の騎士に紛れて訓練場を走るデューク。人一人抱いているというのにその息は全く乱れていない。それでいて他の騎士に遅れをとることもない。
無表情で走り続けるデュークを、他の騎士達は「信じられない……」というような面持ちで見ていた。
そして、ただただ揺られているだけのシンシアは早々に飽き始めていた。しかもデュークの走る揺れで若干気持ちが悪くなっている。
今度はシンシアの異変に気付くデューク。
「どうした?」
「少し酔っただけ。大丈夫」
これは自分の訓練でもあることをシンシアは分かっていた。
実際に任務に行った時にダウンしちゃったら困るものね。状態異常回復のスキルを使ってもいいけどそんなことでマナは消費したくないし。
今のうちに慣れておけば実戦で無駄に魔力を使わなくて済むだろうと、シンシアはスキルを使うことを止めた。デュークが騎士だと聞いた時から、任務にもついて行く覚悟はできているのだ。
それに、なんだかんだデュークは塔からシンシアを連れだして衣食住を与えてくれた恩人でもある。
ごはんもおいしいし、テラーさんは優しいし、得体の知れない人間に対しては破格の待遇だ。
自分のスキルを欲してのことだとは分かっていても、シンシアは二人に報いたかった。
だからこの程度の酔いも我慢しようと思っていたのだが、ふっと揺れが小さくなった。デュークがなるべく揺れないような走り方に変えてくれたのだ。
「! ありがとう……」
「ん」
揺れは小さくなったがデュークの走るスピードは落ちていない。
(((ディアス卿が優しい……!!)))
常に無口、無表情のデュークが見せた優しさに騎士達は目を瞠った。他人と関わることも滅多になければ表情を変えることすらほとんどないデュークが他人を気遣う姿など、誰も想像したことがなかったからだ。
また、美形の二人が寄り添い合っている様子はかなり絵になる。そのため、二人に見惚れてついつい足を止めてしまう騎士がその日は続出した。
ランニングが終わってもデュークは汗一つかいていなかった。
この人、人間じゃないんじゃないかしら……。
シンシアはただ揺られているだけの自分よりも疲労感のないデュークに驚きよりもドン引きした。走り込みが終わってもシンシアを下ろさないことから察するに、本当に疲れていないのだろう。やせ我慢でもなさそうだ。
同じく走り込みを終えたヘルメスが二人のもとにやってくる。
「お前、一体どんな体力してやがんだ。いくら嬢ちゃんが羽のように軽くても普通息くらい上がるだろ……」
「? こいつは軽いが羽程ではない」
「貴方本当にデリカシーがないわね」
真顔で首を傾げるデュークをシンシアは軽く睨みつけた。もちろん睨まれた理由をデュークが自発的に察することはない。
「……ああ、そう言えばお前毎日実家から走って来てたな。道理で体力があるわけだ」
騎士のほとんどは騎士団の寮に入るか詰所の近くに居を構えているが、デュークは体質を理由に実家から通っている。そして、デュークの住んでいるディアス家の屋敷は決して騎士団の詰所から近くはない。本来なら馬車や馬に乗って来る距離なのだ。
シンシアが来てからもデュークは通勤スタイルを変えず、その距離を走って来ている。その体力は化け物クラスだ。
「デューク様、必要ないかもしれないけどどうぞ」
「ん」
おそらく喉は乾いていないだろうが、シンシアは飲み物を差し出す。いちおうメイドらしいことをしておこうと思ったのだ。
喉を潤したデュークから水筒を受け取り鞄に仕舞う。
「タオルはいりますか?」
「……なんのためにだ?」
「言ってみただけよ」
考えてみると、デュークは汗一滴かいていないのだからタオルは必要なかった。シンシアは使われることのなかったタオルを丁寧にたたみ、鞄の中に戻した。
そして、そんな二人の様子をガン見する騎士達。
(((ディアス卿、羨まし過ぎる!!!)))
独身の騎士は自分も可愛い彼女を作ろうと心に決めた。