【8】どこからどう見ても人形だな
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「シンシア様! シンシア様用のメイド服ができましたよ!」
帰宅した主人への挨拶を終えた後、テラーは大興奮でシンシアに近付いて行った。
「私用……?」
「ええ、シンシア様は少し体が小さめなようなので、合うサイズのものがなかったんです。それにシンシア様のお顔に普通のメイド服じゃ簡素過ぎると思って新しいものを仕立てました」
テラーの言葉にシンシアは少し目を見開いた。
「まぁ、私なんかにそんなことしなくていいのに……でも、ありがとうございます」
つい漏れ出たようなシンシアのほのかな微笑みは、見事にテラーの心を射抜いた。
「っ! なんとお可愛らしい!! テラーも中々の歳ですが坊ちゃまのようにお人形遊びに目覚めてしまいそうです……!」
「目覚めてない」
デュークの小さな抗議の声は興奮しているテラーには届かなかった。
「さあさあ、テラーに着た姿を見せてくださいな」
「う……」
さすがのシンシアも「着替えるのが面倒だから明日じゃダメかしら?」とは言えなかった。
「じゃあさっそく着替えに行きましょう」
シンシアの背中を押しすテラー。そして極々自然にその後をついて行こうとするデューク。
「……坊ちゃん、坊ちゃんはここでお待ちください」
「なぜだ」
「女性が着替えるからです!!」
テラーは問答無用でデュークの手をシンシアから引きはがし、シンシアを別室へと連れて行った。
シンシア達は数分で着替えを済ませ、デュークの待つ部屋に戻ってきた。シンシアと触れていないデュークは威圧を発動してしまっているので、テラーよりも先にシンシアが入室してデュークに触れる。
メイド服に着替え終わったシンシアを見て、デュークは人形が入ってきたのかと錯覚しそうになった。それほどまでに似合っていたのだ。
膝下丈の黒いワンピースの上にフリルの付いた白いエプロン。それを着ただけでシンシアは一気に人形に近付いた。整いすぎていて人間味がないのだ。
「コホン、デューク様? こういう時は似合ってるとか、何か声をかけるものです」
「似合っている」
テラーの言ったことをただ復唱する形になったが、これはデュークの本心からの言葉だった。
「ありがとう」
照れるでもなくそう返すシンシア。
想定したものとは大きく違う展開となったテラーはがっくりと肩を落とした。
シンシア様、そこは少し頬を染めて照れるところではないのですか? 一応坊ちゃんもかなりの美青年ですし。そして坊ちゃん、本心から思っているのは分かりますけどもうちょっと言葉を尽くして褒めてほしいですわ……。
「? テラーさんどうしました?」
「なんでもないです」
「?」
明らかにがっかりしているテラーに首を傾げつつも、着替えのためにシンシアは再びテラーを連れて部屋を出た。
次の日の朝もシンシアは起きなかった。
二日目にはデュークも慣れたもので、てきぱき自分とシンシアの準備を整える。シンシアの着替えをテラーにしてもらえば完璧だ。今日はシンシアを毛布で包むことも忘れていない。
「じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
テラーの見送りを受けてデュークは走りだした。今日はいつも通り走って職場に向かうのだ。
鬼の体幹を持つデュークに抱かれているとはいえ揺れるものは揺れるのだが、やはりシンシアは騎士団に到着するまで一度も目を覚まさなかった。
自分の部屋に向かう途中でヘルメスと遭遇した。この時点でシンシアの毛布を仕舞っているので威圧は発していない。
「おうデュークおはよう。色々言いたいことはあるんだが、とりあえず女性にその持ち方は止めておけ」
俵担ぎされているシンシアを見たヘルメスは一言言わずにはいられなかった。
それじゃあどう持てばいいんだ? と言いたげなデュークにヘルメスはお姫様抱っこを教えてやる。
「……」
「なんだ、不満気だな」
「これじゃあ両手が塞がる」
紳士の心得もクソもない発言にヘルメスは言葉を失った。そして少し考えた後にデュークを動かす。
「これならどうだ?」
ヘルメスが教えてやってのは子どもを抱っこするような縦抱きだ。今度は先程のような不満そうな顔はされなかった。
「うん、片腕は埋まるが、まあいい」
どうにか俵担ぎを止めさせられたことにヘルメスはホッとする。
こいつ、人とのコミュニケーションが少なすぎて色んなことが欠けてやがるな……。
「それにしても、その嬢ちゃん全く起きねぇな。もしかして本当に人形なのか?」
「本人が言うには寝起きがありえないくらい悪いらしい」
「にしても限度があるだろうよ……」
呆れたヘルメスの視線が向いた瞬間、シンシアがぷぅと寝言を言った。
「あ、かわいい」
「……」
「おいそんなめんどくさそうな顔すんな。ちゃんと用事あるから」
足早に部屋に向かったデュークをヘルメスは慌てて追いかけた。
「検討した結果、特例でお前がメイドを連れ歩くのに許可が下りた」
「そうか」
「お前の事情を鑑みた上での特例だからな? くれぐれも風紀は乱さないように」
ジト目で注意をするヘルメス。だがそんな注意をされる心当たりのないデュークは極々自然にヘルメスの言葉を聞き流した。
ヘルメスの視線が未だスピスピと寝ているシンシアに向く。
「とりあえず、その嬢ちゃんの服装は変えてほしいんだが……」
「なぜだ?」
「可愛すぎて風紀が乱れそうだ」
理解できない、というように首をかしげるデューク。
「お前には理解できないかもしれないが、こんなに可愛いメイドさんが騎士団の中をうろついてると若い野郎共は気が散るんだよ」
「……これに危害を加えることは許さない」
ジトリとヘルメスを睨み付けるデューク。だが、仮にも騎士団長であるヘルメスは動じない。むしろ少し面白がってすらいた。
―――なんにも関心を持ってなさそうなこいつがこんなこと言うなんてなぁ。
ついつい感慨深くなってしまったが、団長としてここは譲るわけにはいかない。
「危害を加えられることはないだろうがやつらの頭がピンク色に染まると困る。せめて騎士団に連れてくる時だけは極力地味な服装にしてくれ」
「……分かった」
帰ったらテラーに伝えようと、デュークは心の中に留めた。
「それと、威圧を抑えるすべが見つかったのならお前にも騎士団の訓練に参加してもらう。もちろんその嬢ちゃんも同伴できる範囲内でだが」
「分かった」
デュークがいると威圧の効果で周囲が訓練どころではなくなってしまう。なのでこれまでデュークは騎士団の訓練に参加したことはなかったのだ。
「早速明日から来いよ」
「ん」
話すのが面倒になったデュークは頷いて答えた。そんなデュークをヘルメスが呆れかえったように見る。
「……お前、本当に根っからの無口なんだな」