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【7】人形遊びに目覚めたのか……?




「ん? それは人形か? ……にしてはでかいな。デュークお前、人形遊びに目覚めちゃったのか?」

「違う。これは生きてる」

「!? お前、話せたのか! てかあれ!? 威圧を感じない!!」

「うるさいやつだな」


 こいつが起きるだろう。いや、もう十分起きてもいい頃合いか。

 威圧を感じないことに気付いた騎士団長はズカズカとデュークの元まで歩み寄る。


「……どういうことだ? ついに制御ができるようになったのか?」

「……」


 デュークは面倒だと思いつつもこれまでの経緯を団長にかいつまんで話した。もちろん知られたくないところは端折って。

 デュークの話を聞いた後、何かを考え込むように口元に手を当てていた団長がようやく口開いた。


「―――デューク、お前それ、しっかり誘拐してないか?」

「拾っただけだ」

「お前、今までほとんど黙ってたから分からなかったがとんでもない中身だったんだな」


 騎士団長は死んだ目をしてそう言った。

 自分が世間からズレているという自覚のないデュークは極々自然に団長の言葉を聞き流す。


「―――んんっ、デューク、朝からうるさい。まだ眠いのに……」

「うるさいのは団長だ」


 そして今はもう朝ではない。 

 やっとのことで菫色の瞳が開いた。そして見知らぬ他人(団長)が目に入ったところでシンシアが固まる。


「……見知らぬクマがいる」

「見知ったクマもいるのか?」

「いないけど」

「失礼なお人形さんだな」


 騎士団長―――ヘルメスが呆れ顔でシンシアを見る。まじまじと見れば見るほど、ヘルメスには人形にしか見えなかった。今日は着替える暇がなくて着ていないようだが、これでメイド服を着ていたらまずまず着せ替え人形にしか見えないことだろう。

 ……それに、仮にも主人にこの言葉遣いはいいのか? デュークのやつも甲斐甲斐しく世話をしてるし。

 ヘルメスはデュークとは長い付き合いになるが、他人の面倒を見る部下の姿など初めて見た。今なんて寝ぼけているメイドに手ずからサンドイッチを食べさせている。


 俺ぁ幻覚を見てんのか? いや、そこそこの歳だがまだそこまでボケちゃいないはずだ。


「おいしい。これは神の食べ物ね」

「……」


 デュークは無言で水筒に入った紅茶を差し出す。その姿を見てヘルメスは目眩がするようだった。当人達は両方共情緒が死んでいるから分からないだろうが恋人でもない年頃の男女はこんなに密着しない。事情が事情のためくっついているのは仕方がないのだろうが。瞳に生気がない二人の表情を見なければただのいちゃついている男女の距離感であった。


 今まで全く人を寄せ付けなかったこいつのこんな様子を見たらやつらが暫く騒ぐだろうなぁ。

 ヘルメスは案外ゴシップ好きな部下達の姿を思い浮かべた。


「にしてもデュークよ、曲がりなりにも公爵家出身のお前がメイドにそんな口を聞かせてていいのか?」

「……これのことは気まぐれな猫くらいに思ってる。問題ない」

「ねっ……!?」


 ヘルメスの脳裏に「にゃ~ん」と覇気なく鳴くペルシャ猫が浮かんだ。そして小さい口にサンドイッチを詰め込むシンシアを見遣る。


「……確かに、似てるかもしれない」


 ヘルメスの返答を受けたデュークはうんうんと頷く。それに対してシンシアは若干不本意そうに眉を顰める。


「ねこ……まあいっか」


 シンシアは食事を再開させた。

 もそもそと再び食事し始めたデュークの紫紺は、不意にヘルメスに向いた。


「な、なんだ?」

「用は済んだか?」


 言葉少なに「用事が済んだのならさっさと出ていけ」と言っているのが丸わかりだった。

 ふてぶてしいデュークの様子にヘルメスは何とも言えない気持ちになる。


「お前なぁ……まあいいや。そういうことなら、これからのお前の仕事やそのメイドの扱いについて副団長と話し合ってくる」

「ああ」

「……お前、その嬢ちゃんと触れ合ってれば普通に話せるんだよな? ならもうちょっと長文で話してもいいんじゃないか?」

「面倒だ」


 デュークは言い切った。


「それは言語を持った人としてどうなんだ?」

「これが代わりに話す」


 これ、と指さされたのはもちろんシンシアだ。

 いいのか? とヘルメスに問われたシンシアは首肯した。


「今まで声を出す機会がほとんどなかったデューク……様が急に話すのは声帯に負荷がかかりそうですからね。必要があれば私が通訳します。まあ、これでも一応メイドなので」

「確かにそれもそうだな。ところで嬢ちゃんはデュークの言いたいことをどの程度察せるんだ?」

「一厘くらいは」

「九分九厘分かんねぇんじゃねーかよ」


 私がデューク様の代弁をする時はほぼテキトーだと思ってください、とシンシアは何の悪びれもなく言い放った。


「ちなみに、今のデューク様は『さっさと帰れ』と思ってます」

「正解だ」

「失礼な主従だな! はぁ、なんか疲れたわ。今日のところは帰ってやるがまた明日来るからな。あとあんまり人前でイチャイチャすんなよ!」


 そう言ってヘルメスは退室して行った。

 一番口数の多いヘルメスがいなくなったため、一気に静寂が部屋を満たす。


「「いちゃいちゃ……?」」


 主従は同時に首を傾げた。

 これまでの人生は早世しているため、恋愛経験皆無なシンシアは決定的に情緒が欠けている。

 そして、雑談とは全く縁のないデュークはそのような俗語は耳にしたことがなかった。

 結果、二人はヘルメスの言葉を聞かなかったことにする。


 それからデュークは書類仕事を再開したが、シンシアは何もすることがなかった。つまりは手持ち無沙汰だ。


「もう一度寝てもいいかしら」

「ああ」


 シンシアは極々自然にデュークの太ももを枕にして眠り始めた。塔で幽閉されているとすることがないので、シンシアは眠ることで暇をつぶしていた。なので好きな時に眠ることなどわけないのだ。


 一瞬ですぴすぴと寝息を立てたシンシアをデュークは見下ろす。


 ……よくほぼ初対面の人間の膝で眠れるな。こいつの危機管理能力はどうなってるんだ?


 デュークは、例え睡眠中にシンシアが自分を害そうとしても一瞬で取り押さえられる自信があった。だがこの能天気な生物はそうではないだろう。

 室内飼いの動物でもここまで無防備なのはいないんじゃないか? これを野生に放ったら一瞬で自然淘汰されそうだな。


 デュークがそんなことを考えた瞬間、ごろんと寝返りを打ってシンシアがソファーから落ちそうになった。それをデュークが慌てて抱き留める。


「……」


 ソファーから落ちそうになっても変わらない安らかな寝顔を見てデュークはげんなりとした顔になった。

 こいつ、放っておいたらすぐに死にそうだな……。


 デュークは、生まれて初めて他人を守らねばという気持ちになった。






 


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