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【4】とりあえず髪を切ってお風呂に入った




 諸々の手続きをサクッと終わらせたテラーさんが戻ってきた。


「シンシア様、そのお髪はどうしましょうか。伸ばしてるのでしたら邪魔にならないように纏めましょうか?」

「いえ、できたら切ってもらえるとありがたいわ」


 ちょうど切ろうとしてたところだったし。


「……切った髪の毛もらっていいか?」

「は?」


 意味の分からない申し出に思わず冷たい声が出る。

 テラーさんもギョッとしていた。


「ぼ、坊ちゃま? どうしてシンシア様の髪の毛が欲しいのか聞いても?」

「これだけあるなら爺のかつらが作れると思った」


 ああ、なるほど。私のこの無駄に長い髪の毛を見ておそらくハゲかハゲかけの爺とやらのかつらが作れると思ったわけね。変な性癖の持ち主とかじゃなくてよかった。

 長年単語で話してたからか言葉足らずねこの人。まあ捨てるだけの髪の毛を有効活用してくれるなら一向に構わない。


「坊ちゃま……なんとお優しい……! 爺も喜びます」


 テラーさんがまた感動してる。情感豊かな人ね。


「じゃあ髪を切る準備をいたしますね。髪なら私が切れますので」

「お願いします。あと、私なんかに敬語は使わなくていいですよ。私はメイドという立場に納まりましたので、立場はテラーさんの方が上です」

「とんでもない! シンシア様は坊ちゃまの恩人とも言えるお方。便宜上はメイドとさせていただきましたが、私がはシンシア様に最大限の敬意を払いたく存じます」

「そう」


 別に敬意を払ってもらうほどの何かをしたわけでもないので気が引けるけど、それよりもこの人を説得する方がめんどくさそうなので大人しく引き下がる。



 先程からよく動くテラーさんは、髪を切る道具一式をワゴンに乗せて戻ってきた。

 そして、さあ髪を切ろうとなったところでテラーさんの呆れたような視線がデュークに向けられる。


「……デューク坊ちゃま、それでは髪が切れません」

「どうにかしろ」

「さすがに無理でございます」


 主に甘すぎるテラーさんも無理と言うことがあるのね。まあ、それもそうか。


「一旦、シンシア様を膝から下ろしてくださいませ」

「……椅子を持ってきてくれ」

「承知しました」


 デュークは渋々と言った様子で私を膝から下ろし、椅子に座らせた。そして、テラーさんに私の隣に椅子を一脚持ってきてもらって座り、私と手を繋ぐ。


「……坊ちゃまはお気に入りのおもちゃを手放したくない五歳児ですか……」


 テラーさんが遠い目をしてそう呟くも、デュークはなんとでも言えといった様子でどこ吹く風だ。私も彼の事情を知った今、この奇行も無理はないと思うのでされるがままに手を繋いでおく。


 この世界の人間はマナと言う体内のエネルギーを使うことでスキルが発動できる。強いスキルを使うにはより膨大な量のマナが必要だし、体内に貯めておけるマナの量も人それぞれだ。

 体内のマナが0になっても死ぬことはないけど結構な苦痛に苛まれる。苦痛の感じ方には個人差があるけどね。逆に、マナがいっぱいになれば心地の良い充足感に包まれる。

 そして、例え無意識であってもマナを消費するという行為は疲れるのだ。彼の『威圧』も話を聞く限り、日常的に結構なマナを消費してそうだし、疲労感もひとしおだろう。

 私もその気持ちはよく分かる。私も、私の肌に触れるという条件付きで人のスキルを強制的にキャンセルする『無効化』というスキルを常時発動しているのだから。

 ただ、私は彼と違ってこのスキルを一時的に発動しないようにすることもできる。人生四周目ともなればまあ、ね。ただ、それはそれで面倒なので基本は発動しっぱなしだ。全く同じではないけど、近い例を挙げるとすれば息を止める感覚だ。長時間は無理。きつい。

 もちろん常時発動スキルに持っていかれるマナの量よりも自然回復するマナの方が多いけど、他の人達よりマナが全回復することは少ないし、常にどこか疲労感に襲われている。

 デュークは私に触って初めてスキルを使わない状態というのを経験したのだろう。彼からすればさぞ快適なはずだ。

 彼の気持ちはよく分かるので、私もついついされるがままになってしまう。


「じゃあシンシア様、切りますね」

「お願いします」


 シャキン、と小気味のよい音を立ててハサミが入れられる。

 ようやくこの鬱陶しい髪型ともおさらばだ。







「―――わぁ」

「いかがですか?」

「スッキリです。ありがとうございます」


 テラーさんの采配で、前髪は眉下程で切り揃えられ、後ろは肩甲骨よりも少し長いくらいの長さになった。切られた髪の毛は爺とやらのかつらになってくれることでしょう。


「じゃあお風呂をお借りしますね」

「ええ」


 お風呂に行こうとすると、隣の男もゆらりと立ち上がった。


「ついていこう」

「ついてくんな」


 ついつい口調が悪くなったのはご愛嬌だ。




 その後、何とか男を引きはがして私は念願のお風呂に入ることが出来たのだった。


 借りたお風呂は貴族のお屋敷らしく真っ白な猫足のバスタブで、ちょっとテンションが上がった。風呂場の壁や床も白で統一されていて清潔感が半端じゃない。

 たっぷりとお湯の入った湯船に浸かると、氷が解凍されるように、じんわりと熱が染み込んでくる。ああ、癒される。あの塔には足の伸ばせる湯船なんてなかったものね。小さい頃なら伸ばせたんでしょうけど。


 十分過ぎるほどにあったまった後、いつの間にか用意されていた厚手だけど可愛らしいワンピースを着て脱衣所の扉を開ける。

 このワンピースは少し可愛らし過ぎじゃないかと思ったけど、今の私は十五歳だ。これくらいフリフリの方が丁度いいのかもしれない。こんなのがドンピシャで似合うのなんて若いうちだけだものね。


「……」


 脱衣所を出た私は思わずピタリと動きを止めた。なぜなら、全身真っ黒衣装の男がバスタオルを広げて待ち構えていたのだ。


「……」


 何がしたいのか分からなくて棒立ちになっていると、デュークから離れた所で控えていたテラーさんがデュークの代弁をしてくれた。


「坊ちゃまは髪の毛を拭いてやろうと言っております」

「え、別にいらな……」


 いらない、と言おうとしたら一瞬にして頭をバスタオルで包まれた。そのまま問答無用で頭を拭かれる。どっちがメイドか分からないわね。


 まあ、楽だからいっか。










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