【33】対策会議
「ところで、アマリアさんはどうしてデュークにそこまで声をかけてきたんでしょう」
シンシアはふと思った疑問を口にしてみた。
「デュークに憧れていたらしく、一般開放訓練の日に見に来たんだ。だが、当然こいつはいなかっただろ?それで納まりの付かなくなったお嬢様が実家の権力を使って乗り込んで来たってわけだ」
「わぁ」
行動力のあるお嬢様だとシンシアはある意味感心した。
「あ、そのご実家の方にアマリアさんがフィルさんの妹なのか確認は……できないですよね……」
「ああ。あのお嬢様がクラーク家所縁の人物ってのは確かだからな。本人もそう言ってるのに、そこをわざわざこの子は本当にお宅のお子さんですか? なんて聞けるはずがない。俺ぁ公爵家のご機嫌を損ねたくはないしな」
腕を組んだヘルメスがはぁ、と息を吐き出す。
「フィルの奴は結構遠い所にいるが、すぐに戻ってくるらしい。申し訳ないがそれまで我慢してくれ」
あのお嬢様が来るのは今日限りかもしれないしな、とヘルメスは続けた。だが、それはあくまで希望を口にしただけで、アマリアのあの様子を見ると明日も来るだろうということは簡単に予想された。
部屋を出る直前、ヘルメスがシンシアの方を振り返る。
「あ、言い忘れてた。デュークがついてるから大丈夫だと思うが嬢ちゃんも気を付けてくれよ」
ヘルメスの言葉に嫌な予感がしつつも、「何がです?」と聞き返す。
「デュークと一番近い嬢ちゃんがあのお嬢様に目の敵にされないわけがないと思ってな。権力を持ったバカは何をするか分からん。俺達も気を付けるが、嬢ちゃんも気に留めておいてくれ」
「……分かりました」
そして念入りに気を付けるように言うと、ヘルメスは退室して行った。
―――一難去ってまた一難ってことかしら。
面倒事の予感に、シンシアはげんなりとしてデュークへもたれ掛かった。
***
もちろん、わざわざ家の権力まで使って乗り込んで来たアマリアが大人しく引き下がるはずない。
次の日も、アマリアは堂々と騎士団本部に現れた。
「ごきげんよう」
何も知らない者が見たら見とれてしまいそうな、計算されつくした微笑みを浮かべる。だが、神がかった美貌を毎日間近で見ているデュークの心は微塵も動かない。
「ああ」
おざなりに答え、デュークはその場を後にしようとする。だが、それだけでアマリアがデュークを逃がすはずがない。
「お待ちになってください。今度我が家でお茶会を開くのですが参加されませんか?」
「断る」
一単語でデュークは断りを入れた。端的過ぎて取り付く島もない。
「で、ですが、ディアス家としては我がクラーク家と懇意にしておいたほうがいいのではないですか?」
「……」
実家の権力をこんなくだらないことに使う奴に家同士の関係の何が分かる、とデュークは相手にしなかった。その沈黙をいいように捉えたのか、アマリアがニンマリと笑う。
「それでは、後ほど招待状をお送りしますので……」
「必要ない」
微かに眉をひそめたデュークが言う。
あまりにもハッキリ断られたので、アマリアもデュークを招待するのは一旦諦めたようだ。微かに口角が引きつっているのはご愛嬌だろう。
「それではしかたありませんね。―――ところで、そのお方はどなたなのでしょうか」
菫色の瞳が見つめるのは毛布に包まれたシンシアだ。隠そうとはしているのだろうが、不穏な空気が滲み出てしまっている。
「教える義理はない」
そこでデュークの我慢が限界に達した。止められても無視をして廊下を進み出す。
デュークの姿が見えなくなるまで、紫色の瞳はその姿を追っていた。―――正確には、毛布に包まれたシンシアをずっと睨みつけていた。
「……あの女、邪魔ね……」
先程の作った声とは違う、低めの呟きが少女の口から漏れる。
デュークの抱えている人物が少女だと言うことは調査させて分かっていた。自分でさえ入るのは多少の苦労をしたのに、当たり前のようにデュークに同行する少女。自分の憧れの人に抱きかかえられている少女。
自分が一番だと信じて疑わないアマリアの敵意は、確実にシンシアをロックオンした。
(ヒィィィィ!!)
背景と同化していた騎士は、アマリアの態度の変わりように心の中で悲鳴を上げた。
(女子、こぇぇ。なんにせよ、一旦団長に報告しておこう)
(そうだな)
隣の騎士と目配せし、男達はこっそりとその場から離れた。
騎士達の報告を聞いたヘルメスはその場で頭を抱える。
「はぁぁぁぁ、やっぱり嬢ちゃんに矛先が向いたか」
「はい、あのお嬢様の様子を見るとそのようです」
「分かりやすすぎんだろ。周りに人がいんのに敵意を態度に出すのも迂闊だし」
眉間を揉み解すヘルメス。
「罠かなにかでしょうか」
「いや、単に顔も地位もよくない騎士なんて眼中にないんだろう」
さらりと貶された騎士は傷付いたように胸元を押さえる。実際はそこまででもないが。
「使用人を物だと思う貴族なんて今日日見ないがな。逆に珍しいぞ」
「ですよね。ちょっと頭が弱いんだと思います。ディアス卿もいきなり名前で呼んでるし」
騎士はあからさまに不快感を表した。自分の尊敬するデュークを軽んじられるのは騎士としてもおもしろくない。
「ははは、不満そうな顔してんなぁ」
「クラーク卿はいつ帰ってくるんですか?」
「急いで帰るって返事が来たっきり連絡がつかない」
「うわぁ」
騎士の顔がくしゃりと歪む。
「団長から抗議はできないんですか? 団長も一応そこそこの家の出ですよね?」
「もうとっくにしてるわ。大分オブラートに包んでだが」
「どうでしたか」
「やんわりと跳ねのけられた」
「うわぁ」
マジかよ、と騎士が呟いた。
「だが、まあその返事の内容がハッキリとしなくてな。もしかしたらお家騒動でも起こってるのかもしれないぞ」
「……関わりたくないですね」
「だな。俺達の預かり知らぬ所で全て解決してくれることを願うばかりだ」
そう言ってヘルメスは足をソファーの上に投げ出した。
「行儀が悪いですよ」
「知るか。嬢ちゃんだって大体ソファーで寝てんぞ」
「あの完璧な造形の持ち主とただのオッサンを一緒にしないでください」
即答だった。
「あのなぁ、俺一応お前の上司なんだが。……そういえばお前、あの二人のファンクラブ会員だったか」
「はい」
騎士は真顔で頷いた。
「そりゃ余計にこの状況が腹立たしいわけだ」
「はい。あのお二人の間に割って入ろうだなんて、分をわきまえた方がいいです」
「本人曰く身分は嬢ちゃんよりも釣り合ってるが?」
面白がったヘルメスはニヤニヤしながらそう言った。
「それ以外が完敗です。というか比べるまでもありません」
騎士は言い切った。
その顔があまりにも真剣だったため、ヘルメスもこれ以上弄るのを止める。
決して信者こえぇと思ったわけではない。