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【31】嵐の前の静けさ


  


 騎士団の一般訓練の日、デュークとシンシアは自宅で待機ということになった。やはりデュークが参加をするには色々と問題があったようだ。


 そして、特に予定のなくなった二人は飼育小屋へとやって来た。ブランシュに会いに来たのだ。


「ブランシュ!!」

「ギャウ!!」


 両手を広げて駆け寄ってくるシンシアを見て瞳を輝かせるブランシュ。シンシアを歓迎していることは明らかだった。

 シンシアはブランシュにヒシと抱きつくと、その毛並みを顔全体で堪能する。

 思えば、例の演習でシンシアが倒れて以来ブランシュとは会えていなかったのだ。


「ブランシュ、会いたかった」

「ギャウ」


 自分もだ、と言うようにネコ科特有のザラザラがない舌先でシンシアを舐める。

 今日は汚れてもいい服装で来ているので、ブランシュと思いっきり戯れる準備は万端だ。ちろちろと頬を舐められ、シンシアは擽ったそうに「ふふふ」と笑い声を漏らした。


 一方、シンシアをここまで連れて来たデュークはというと―――。

 この場ではシンシアとくっついている必要はないので、近くの椅子に腰かけて一人と一頭の戯れを眺めている。

 表情には出ないが、かわいいのとモフモフなのが戯れている光景にデュークはこの上なく癒されていた。

 飽きもせず、何時間も一人と一頭を眺めていた。





「―――ふふふ」

「満足したか?」

「うん」


 心ゆくまでブランシュと戯れた後、シンシアは満足そうだったがボロボロだった。

 土足で歩く床を何の躊躇いもなくゴロゴロと転がっていたせいで全体的に汚れており、髪もボサボサだ。

 (またテラーが悲鳴を上げそうだな……)

 そんな考えが頭を過ったが、デュークはかわいいのが楽しそうならなんでもよかった。


「ギャウ」


 そろそろお別れの時間だと悟ったのだろう。乗せてくよ、とばかりに伏せをしたブランシュがシンシアの方を見る。


「デューク」


 乗って帰ってもいい? と、シンシアが期待を込めた目でデュークを見る。もちろんデュークに否はない。

 ひょいっとシンシアを持ち上げ、ブランシュの上に乗せてやる。


「屋敷の入り口までだぞ」

「うん」


 わさわさとブランシュの毛皮をまさぐるシンシアは目に見えて機嫌がいい。

 これはきっといろんな苦行を乗り越えた自分へのご褒美なのだろう。

 もうちょっとブランシュと一緒にいたいというシンシアの気持ちを汲んでくれたのか、ブランシュはのっそのっそとゆっくり歩いてくれる。そんなモフモフの気遣いに、シンシアは胸がときめいて仕方がなかった。



「―――嫌だ、ブランシュと別れたくない」


 屋敷の入り口でシンシアはブランシュに抱きつき、その胸毛に頬ずりする。ブランシュの方も満更でもなさそうだ。


「同じ敷地内にいるのだからいつでも会える」

「……敷地が広すぎる。それに、今日まで中々会えなかった」

「それはお前が体調を崩したり、色々と予定が入ってたりしたからだ。これからはそこまで忙しくないだろうからもっと頻繁に会える」


 デュークには珍しい長文でシンシアをあやす。

 シンシアは地べたに座っていたはずだが、いつの間にかデュークの腕の中にいた。抱き上げるまでの仕草がスムーズすぎて気付かなかったのだ。


「ほら、バイバイしろ」

「……あなた、私のこと幼児かなにかと勘違いしてない?」


 これでも精神年齢ではデュークをはるかに越しているはずなのだ。全ての生で若くして亡くなっているので、合計した値をそのまま精神年齢にしていいのかは迷うところだが。

 そんなことを考えていると、デュークはシンシアの手を持ち、ヒラヒラとブランシュに手を振らせる。


「ブランシュは一頭で小屋に帰れるかしら……」

「当たり前だ。これで送りに行ったらキリがない」


 ブランシュと離れたくないシンシアはかなり無茶苦茶を言っていると思うが、デュークに呆れたような様子は見られない。

 仏頂面に似合わず優しい男だとシンシアは思う。同時に、そんな人を困らせている自分を恥じた。


「……またブランシュに会いに行ってもいい?」

「ああ。これからはもっと頻繁に会いに行こう」


 そう言ってデュークはよしよしとシンシアの頭を撫でる。


「ギャウ?」


 すると、大人しくお座りをしていたブランシュが四本脚で立ち上がった。話が纏まったのを察したのだろう。


「ブランシュ、またね」

「ギャウギャウ!」


 シンシアが差し出した手に頭を押し付けると、ブランシュは自分の寝床に戻って行った。


「……今日は、とても楽しかった」


 この上なく心が満たされたシンシアは忘れていたのだ。自分が今、どういう状態なのかを。


「―――し、シンシア様!? なんてこと!!!」

「あ」


 悲鳴混じりの叫び声に振り返ると、そこにはやはりテラーがいた。

 ドロドロのボサボサなシンシアを見て驚愕している。


「ある程度予想はしていましたが、前回よりも悲惨ですわね」

「そうですか?」


 鏡を見ていないシンシアは、自分が今どういう状態なのか分かっていない。

 シンシアは自分を片腕に乗せているデュークを見上げる。


「そんなに酷い?」

「……わんぱくでいいんじゃないか?」

「坊ちゃまはどこの父親ですか」


 テラーのうろんな眼差しがデュークを刺す。


「とにかく、シンシア様はお風呂に行きましょう。……坊ちゃまは全然汚れていませんのね」

「こいつらを眺めてただけだからな」

「?」


 結構な時間出かけていたのに、その間ずっと眺めていたのだろうかとテラーは首を傾げる。だが、生態が色々と謎なデュークならばそんなこともあるだろうと思い、シンシアを風呂に連れて行くことを優先した。



 弱々しい抵抗をしてもテラーには全く効かず、シンシアは丸っと洗われた。汚れを残したらまた体調を崩すだろうとのことだ。

 ―――デュークもそうだけど、テラーさんもどんどん過保護になってる気がする。


 ソファーの上にぐでんと横になりながら、シンシアはそんなことを思った。



 








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