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【30】ある狂人の話と一休み




 騎士団内で狂人と呼ばれる男は、王宮で一人の少女とすれ違った。

 

 青味がかった白いドレスに生糸のような銀髪を持った少女。ほんの少しすれ違っただけでも印象に残って仕方がない少女。 


 男はその辺に歩いていた者を捕まえて少女のことを尋ねてみた。


「ねぇ、あの子誰?」

「ヒィッ、自分みたいな下っ端には詳細なことは知らされておりません! 知っているのはディアス家所縁のお方だということくらいです」

「ふぅん」


 『狂人』は捕まえた使用人の男の肩をパッと放す。


「別に急に殴ったりしないから。もう行っていいよ」


 動物を追い払う時のようにヒラヒラと手を振る『狂人』に安心し、使用人は早足に去って行った。


「どんな野蛮人だと思われてるんだよ俺」


 おもしろそうにそう呟いた男は、邪魔にならない程度に切り揃えられた白銀の髪をかき上げる。そして、久々の自宅に帰るために踵を返した。




***




「くしゅっ」


 くしゃみをした次の瞬間、シンシアの体は毛布に覆われていた。

 自分を一瞬でミノムシ状態にした張本人をシンシアがジッと見る。


「過保護じゃないかしら」

「この前も熱を出したばかりだろう。お前は体が弱い」

「……」


 熱を出したのは事実なのでシンシアは何も言い返せなかった。


「ん」


 デュークがシンシアの口に向いたオレンジを押し付けてくる。シンシアは特に抵抗もせず、もぐもぐとオレンジを咀嚼した。

 時間帯はもう昼だが、シンシアは先程起きたばかりなので朝食兼昼食を摂っている。シンシアが起きられないのは相変わらずだ。

 謁見以来過保護に拍車がかかったデュークは、シンシアに栄養を摂らせようとどんどん口に食べ物を突っ込んでいく。

 二人にとってはいつもの光景だが、今日は部屋にもう一人いた。


「おいおい、俺ぁ何を見せられてんだ?」


 複雑な表情で二人の対面に座っている騎士団長、ヘルメスだ。

 謁見の後に熱を出したというシンシアが復帰し、デュークと共に出勤してきたので顔を見に来ていたのだ。


「ご心配をおかけしました」


 シンシアがペコリと頭を下げる。


「いや、頭なんか下げないでくれ。嬢ちゃんの心配をするのは当たり前のことだ」


 そう言うヘルメスからは、命の恩人に対する感謝の念が滲み出ていた。

 シンシアはなんとなく居心地が悪くなり、デュークの後ろに隠れる。


「……おい」


 デュークがヘルメスを睨んだ。


「いやいや! 今のは俺なんにも悪くないだろ!!」

「これの食事を邪魔するな」

「ああ! 嬢ちゃんの栄養補給が邪魔されたから怒ってんのね!」


 頼むからごはん食べてくれとヘルメスに促され、シンシアは食事を再開させた。

 次々に食べ物を胃に収めていくシンシアをヘルメスがまじまじと見つめる。


「嬢ちゃん、意外といい食いっぷりだよな」

「ヘルメス、用は済んだか」

「待て待て本題はこれからだ。お前はすぐ俺を追い出そうとしやがるな」


 まだまだ居座るぞ、とばかりにヘルメスが足を開いてソファーに座り直す。


「頬についてる」

「あ、ありがとう」

「お~い、俺の話聞いてくれ~」


 シンシアの頬を拭うデュークをヘルメスが半眼で見る。

 ハンカチをポケットに仕舞うと、デュークは仕方がなさそうにヘルメスの方を向いた。


「で?」

「で? って……まあいいか。もうすぐ一般公開の演習があるだろう。今年はお前にも参加してもらおうかと思ってな」

「これを引っ提げて、か?」


 薄くデュークが嗤う。何を馬鹿な事をと言いたげだ。


 騎士団は年に一度、一般人に向けて演習をする。もちろん、普段やっているものではなくスキルなどを使った見栄えのするものだ。

 もちろん、デュークは「威圧」があるのでこれまで参加をしたことはなかった。


「お前のその顔腹立つなぁ。派手にスキルをぶっ放してくれるだけでもいいんだが、無理か?」


 ヘルメスはデュークを見た後、シンシアにも目を向ける。

 デュークの「威圧」を抑えている仕組みをヘルメスは知らない。だが、シンシアが何かをしていることは予想がついているので「威圧」だけを抑えて他のスキルを使えるようにすることは可能かと聞いているのだ。

 この質問に答えるとシンシアが「威圧」を抑えているのだと認めることになるが、どうせほとんど確信しているようなのでまあいいだろう。


「……かなり頑張ればできなくはないけれど無理」

「だ、そうだ。諦めろ。俺はもうこれに無理をさせるつもりはない」


 デュークが毅然と言い放つ。


「はぁ、仕方ない。お前の参加は諦めよう。考えてみれば確かに嬢ちゃんを衆目に晒すのも問題があるしな」

「?」


 何が問題なのかとシンシアは首を傾げる。


「嬢ちゃんは美人すぎるからな。不埒な考えを起こすバカが湧くかもしれない。それに、お前らは四六時中引っ付いてるからデュークが職場にまで恋人を連れ込んでいるのかと勘違いされそうだ」


 実際はくっついているのは必要なことだからだし、周囲の騎士達も薄っすらとそれを察している。だが、何も知らない者達の目には男女がイチャイチャしているようにしか映らないだろう。

 そこまで考えると、ヘルメスは背もたれに思いっきり体重を預け、首を反り返らせた。


「―――はぁ、仕方ねぇ。デュークが出るとなりゃぁ今回の目玉になるかと思ったんだがな。あいつも毎回サボりやがるし」

「あいつ?」


 誰のことだろうとシンシアが首を傾げる。


「ん? ああ、嬢ちゃんはまだ知らなかったな。『狂人』って呼ばれてるもう一人の問題児騎士のことだ」


 もう一人、ということはデュークも問題児認定されているのだろう。


「そいつもデュークと一緒で公爵家の人間だ。どうしてこうも公爵家の者ってのは癖のあるやつが多いのかねぇ」

「この人達は割と例外じゃないです? 一緒にしたらまともな公爵家の人が可哀想ですよ」

「それもそうだな」


 間近で失礼な会話が交わされているが、デュークは全く気にした様子を見せない。まあ、本気で気にしていないからなのだが。


「そいつが出張から帰ってきたから、嬢ちゃんももしかしたら会うことがあるかもしれないな。顔だけはかなりいいから話のタネに遠くから見てみ?」

「はい、もし機会があったら見ておきます。その方の名前はなんていうんですか?」

「ああ、フィル・クラークだ」

「クラーク……」


 シンシアが口の中でボソリと復唱する。


「ん? どうした? 知ってるのか?」

「あ、いえ。どこかで聞いたことがあったような気がしただけです」

「そうか。まあクラーク公爵家は有名だしな」


 ヘルメスは納得し、今度こそデュークの執務室を出て行った。




 客人も去ったことだし、食後の休憩も兼ねてシンシアはだらりと姿勢を崩す。デュークの太ももに小さな頭を乗せ、ソファーの上にごろんと寝転がった。

 丁度いい位置にあったのだろう、極々自然にデュークの手がシンシアの頭を撫でる。


「お前はよく寝るな」

「流石にもう寝ないけど、ただ横になっただけ」

「疲れたか?」

「ちょっとだけよ。最近横になっていることが多かったから」


 つまりはダラダラと横になっていることに慣れてしまったのだ。

 自分とデュークしかいないのだし、少しくらいだらけてもいいだろう。


 ゆったりと頭を撫でられ、食後にのんびりする時間は中々に幸せだった。








新作、「お飾りの皇妃? なにそれ天職です!」を投稿しました! 読んでいただけると幸いです!


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https://ncode.syosetu.com/n0001ib/

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