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【3】誘拐の次はメイドにさせられた




「―――坊ちゃま! 誘拐はいけません!!」

「……」


 ―――ん……知らない人の声……。

 よく寝たけど、なんか体が痛い気がする。

 バチっと目を開けると、上から私を覗き込んでいた紫紺と目が合った。どうやら、私はこの男の膝で寝ていたようだ。どうりで寝心地が悪いと……。

 そんなに太くないけど筋肉でガチガチだもの。

 よいしょっと上半身を持ち上げ、痛む腰を擦る。


 私達がいるのは貴族の屋敷の一室のような、品のいい綺麗な部屋だった。近くに広いベッドもある。どうせならそっちに寝かせてくれればよかったのに。今すぐあのフカフカそうなベッドにダイブしたいけど、男の腕がしっかりとお腹に回っているのでそれは出来なさそうだ。

 あ、あと男は風呂に入ったのか、血まみれだったのが綺麗になってる。なんか高そうな石鹸の匂いもするし。羨ましい。私もお風呂であったまりたい。


「お目覚めになりましたか!」

「?」


 侍女服を着たおばさまがパァッと顔を明るくした。私に話し掛けてる? と自分を指さすと、コクコクと頷かれた。私か。


「おはようございます」

「あ、え、おはようございます」


 挨拶をしたらなぜか動揺された。あ、もしかして朝じゃなかったのかな。おはようございますじゃなくてこんにちはだった?

 おばさまが動揺してるのは挨拶を間違えたせいかと思ったけど、どうやらそうではないらしい。


「誘拐されたのに随分と落ち着いていらっしゃいますね」

「誘拐?」


 ……ああ、確かになんの説明もなく連れてこられたから誘拐かもしれない。でも特に抵抗もしなかったし……。


「違う」

「違わないでしょう! お小さい頃にお人形遊びをできなかったからって、まさか二十歳になってこんなお人形さんみたいな方を誘拐してくるなんて……」

「同意だ」

「絶対同意じゃないでしょう!」


 先程から短い言葉しか話さない男は、お前が誤解を解けと言わんばかりにこちらを見てきた。

 了解、私が事実を客観的に説明してあげましょう。


「この男が突如私の部屋に侵入してきて、問答無用で連れ去られました」

「!?」


 間違ったことは言ってない。抵抗はしなかったけど、その辺はあえて言わない。だってそっちの方が面白そうだもの。

 決して割と乱雑に運ばれたことを恨んでいるわけではない。

 ギョッとしたこちらを見る男の視線はスルーだ。

 そして、そんな男とは対照的におばさまは得心がいったというような顔をしている。


「まあ! やっぱり!!」

「誤解だ。親がいないことは確認した」

「親がいないのなら持ち帰ってもいいというわけではありません! 貴方はどこの蛮族ですか!! ……って、あら?」


 ごもっともなお説教をするおばさまの語気が急に弱くなった。


「……デューク様、貴方、今普通に話しましたか?」

「……ああ、どうやら、これといると『威圧』が抑えられるらしい」


 これってもしかしなくても私のことよね? この男、身分は高そうだけど常識は欠如しているらしい。いえ、身分が高いからこそかもしれない。

 デューク様と呼ばれた男の言葉で、ついさっきまでぷんすこ怒っていたおばさまの表情が一変した。ふわりと花開くような、喜びの顔だ。


「まぁ……! それはそれは」


「あの……」


 私はピンッと手を挙げて話を遮る。


「全く話について行けないので、諸々説明してもらってもいいですか?」

「「あ」」


 私が全くの部外者だということを思い出したのか、二人が同時にまぬけな声を上げた。主従って案外似るのかもしれない。










「―――なるほど」


 先程から私を人形のごとく抱きしめているこの男―――もといデューク・ディアスは、生まれつき、常時発動型の威圧スキルを持っているらしい。しかも、歴代で最高レベルの威力の威圧だ。

 まともにスキルを制御できない幼少期は、大人でも彼の前では言葉も発せなければ立っていられない程だったとのことだ。しかも、言葉を発すると威圧が強くなるため、大人になった今でも単語で、しかも離れた場所からしか話していないらしい。

 それでさっきから単語で話してたのか。

 そして、このデューク・ディアスの発する威圧こそが私がここに誘拐されてきた理由と関わってくる。

 彼曰く、散歩をしてたら迷い込んだ部屋で自分に全くビビらない少女を見つけ、親もいないというから持ち帰って通訳にしようと考えていたら、その少女に触っていると自分の「威圧」も抑えられると気付き、お人形よろしく私を抱っこしているということだそうだ。

 散歩であんな所にこないでしょうとか、ツッコミどころがいっぱいある証言だけど概ね納得した。


「ひゃふほほ(なるほど)」

「……飲み込んでから話せ」

「んぐっ」


 危ない危ない、スコーンが喉に詰まるところだったわ。こんなところで死ぬなんて流石に笑えない。

 慌ててやたらと風味のいい紅茶でスコーンを流し込む。

 ふぅ、この時代のお菓子、おいしすぎじゃないかしら。それとも十五年間同じようなご飯だけ食べていた私の舌が飢えているのかしら。そういえば、甘味なんて今世で初めて食べたものね。

 おばさま―――デュークの侍女のテラーさんが出してくれたお茶菓子はどれもとてもおいしかった。思わず頬張り過ぎて天に召されるくらいに。


 そして、私に神の食べ物を分け与えてくれたテラーさんは今、ホロホロと歓喜の涙を流している。


「ううっ、まさか坊ちゃまがこんなにお話しになれる日がくるなんて……。テラーは感激にございます」


 これが世に言う親バカね。いえ、侍女バカかしら。


「デューク・ディアス、侍女を慰めなくていいの?」

「?」


 私の呼び方に首を傾げるデューク。仕方ないでしょう。特に抵抗しなかったとはいえ誘拐犯に様付けをするのはなんかあれだし、ファーストネームだけで呼ぶのはまるで親しい仲みたいだもの。


 テラーさんはふるふると首を振って言った。


「いえいえ、これは嬉し涙なので慰めは必要ありませんよ。ところで、お嬢様の名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」

「ええ……」


 シンシア、と言おうとしたところで自分に待ったをかける。

 私は幽閉されていた身だ。素直に名乗っていいものだろうか。

 ……まあ、あの塔の管理人とのやり取りはドア越しだったから今の私の姿を知ってる人はいないか。なにより新しく自分で名前を考えるのは面倒ね。シンシアなんて名前いくらでもいるでしょうし。


「シンシア。ただのシンシアよ」

「シンシア様ですか。シンシア様、どうかデューク坊ちゃまのことをよろしくお願いいたします」


 あら、当然のようにここでお世話になることになってるわ。しかもなんか様付けされてるし。


「さっきまで坊ちゃまが誘拐をしたことに憤ってたようだけど、それはもういいんですか?」

「坊ちゃまの威圧を抑えられる方となれば、それは致し方ありません」

「なるほど」


 似たもの主従ね。貴族の家がみんな同じような考え方なだけかもしれないけど。


「ですが坊ちゃま、シンシア様を留め置くには何かしらの建前が必要でしてよ。そうだ、婚約者なんて―――」

「メイドだ」

「……え?」

「これは俺専属のメイドにする。そうすればどこにでも持ち歩けるだろ」


 せめて連れ歩くって言ってくれないかしら。

 これはさすがにテラーさんが怒るんじゃ―――。


「坊ちゃま……天才でございますね!!」


 パァァァと自分の主を見詰めるテラーさん。


「では、早速そのように手続きをしてまいります!」


 そう言ってテラーさんは足早に部屋を出て行った。

 ……あの人、ただの侍女バカね。


「私の意思は……」

「嫌なのか? 俺のメイドは三食昼寝、おやつ付きだ」


 どうだ? と言わんばかりにクリームのたっぷり乗った神の食べ物、マフィンを口に近付けられる。


「受けましょう」

「契約成立だな」


 ぱくり


 十五年間強制的に甘味を断たれていた私が、この誘惑に抗えるわけがない。










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