【28】そして謁見に臨む
シンシアとデュークはなんとか控室に辿り着いた。
デュークがシンシアを片腕に乗せて登場したため、普段は石像のように表情を崩さない控室の護衛兵がギョッとした顔をしたのはご愛嬌だろう。
王に謁見する人物の控室だけあり、流石に室内は豪華だった。
決して金などがそこかしこにあしらわれているわけではない。家具や調度品の一つ一つが明らかに品のよいものなのだ。謁見の前で緊張することが予想されているからか、部屋の内部の構造も威圧感を与えないものになっている。
デュークは新雪のように真っ白なソファーの上にシンシアを置いた。
先程よりは幾分か落ち着いたシンシアだが、まだ顔色は悪い。普段に増してさらに白くなっているため、ますます人形にしか見えない。
「シンシア水だ。飲め」
「あ、ありがとう」
コップを両手で受け取り、コクリコクリと水を嚥下する。
「気分はどうだ」
「さっきよりはましよ。ありがとう」
暫くすると、謁見の時間を知らせる使者がやって来た。
コンコンと重厚な扉がノックされる。
「シンシア様、お時間です」
デュークがシンシアに向き直る。
「……いけるか?」
「うん、いくわ」
シンシアはスッと立ち上がる。
謁見の場に行くのはシンシアただ一人だ。デュークも同行を申し出たが拒否された。控室までの同行はねじ込んだが。
シンシアの決心はついていた。
「じゃあ行ってきます」
デュークに向けてほのかな笑みを見せ、シンシアは部屋を出て行った。
シンシアを呼びに来た使者は、表情には出さないが内心驚いていた。
(こんなに見目麗しい少女がこの世にいるのか……)
数多くの貴族を相手にしてきた使者だが、少女のこの世のものとは思えない雰囲気に圧倒されていた。
そして、少女の美貌ももちろんだがその素性も使者の興味を掻き立てた。
貴族ではない者が王と個別で謁見をするのはかなり珍しいがないことはない。だが、この少女は三大公爵家の一つであるディアス家、その当主で人嫌いと名高いデュークの庇護を受けているのだ。それは、少女が公爵家の客人となり得るほどの”なにか”を有していることに他ならなかった。
(まあ、詮索してもいいことはないですから考えるのはこの辺にしておきましょう)
利口な使者は、複雑な事情に首を突っ込んでもいいことがないということをよく知っていた。
こつん、こつんとシンシアのヒールの音が響き渡る。
「シンシア様が参りました」
シンシアの斜め前を歩く使者が謁見の間を守る騎士に言うと、謁見の間にふさわしい両開きの扉がゆっくりと開かれる。
「シンシア様、どうぞお入り下さい」
ここから先は使者も入ってこないようだ。
「ふぅ~」
緊張を紛らわすようにシンシアは肺の中の空気をゆっくりと吐き出す。
―――では、参りましょうか。
侮られないように顎を引き、胸を張る。
そして、シンシアは謁見の間への一歩を踏み出した。
「―――よく来たな」
謁見の間に入り、入り口の扉が閉じられると王がシンシアに声をかける。存外、王は若かった。シンシアの想像よりは、だが。
濃紺の髪をオールバックにした王は、三十代後半から四十代前半のように見受けられる。その長い足を組んだ王は、早速本題に入った。
「堅っ苦しい挨拶は今回はなしだ。早速本題に入ろう。ディアスも待たせていることだしな」
「……そうですね」
窓から白い光が差し込んだ謁見の間は、夢なのではないかと錯覚するほど美しかった。
……本当に、これが夢だったらいいのに。
違うとは分かっていても、そう思わずにはいられなかった。