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【27】シンシアの嫌いなもの



 後残るは髪型だけだ。

 この綺麗な銀髪を全て纏めてしまうのはもったいないとのことで編み込みのハーフアップになった。

 テラーはスルスルと慣れた手付きで髪を結い、飾りをあしらう。


「―――はい、できましたよ」

「ありがとうございます」


 伏し目がちだった視線を上げたシンシアは、まるで神聖な絵画のように美しかった。

 鏡越しでも分かる美しさにテラーはほぅっと息を吐く。このまま鏡を向いているシンシアが振り返ったら、天に召されしまうのではないかと錯覚してしまいそうだった。


「とってもお綺麗です」


 テラーが素直にそう伝えると、シンシアは少し照れたようにはにかんだ。


「ありがとうございます」

「―――うっ、おかわいらしすぎますわ。胸の鼓動が止まりません。もういい年ですのに……」

「テラーさん?」


 様子のおかしいテラーにシンシアがギョッとする。ギョッとした顔をしていても、その美貌は損なわれることはなかった。


「コホン、なんでもありません。坊ちゃまがソワソワしていると思うのですぐに呼んできますね」

「あ、いえ、自分で行きます。この重さなら歩けるので」

「そうですか?」


 シンシアの言葉にテラーは少し疑問を覚えた。

 この重さなら歩けるって、まるで歩けないほど重いドレスを知っているような言い方ですわね。

 歩けない程重たいドレスなんて現代にはない。昔のドレスならば別だが。


 まあ、小柄なシンシアは自分達とは重さの感じ方が違うのだろうと結論付け、それ以上深く考えることはなかった。





 デュークが待っている部屋の扉をノックする。


「シンシアです。入ります」

「どうぞ」


 中からの返事を待ち、シンシアは部屋の中に足を踏み入れた。

 ちなみに、テラーは「威圧」を浴びないように少し離れた場所で待機している。


 白いドレスに身を包んだシンシアを見た瞬間、デュークは目を見開いた。そしてズカズカと寄って来ると、流れるような動きでシンシアを抱き上げる。

 ポーズとしては完全に高い高いだが、二人の容姿のおかげで劇のワンシーンのような光景だ。

 シンシアの頭の天辺から足のつま先までじっくりと観察すると、デュークは呟いた。


「……かわいい」

「あ、ありがとう」


 礼を言うと、デュークがシンシアをギュ~っと抱きしめた。


「かわいい」

「ありがとう」


 ―――この人、かわいいしか言わないわね。嬉しいけれど。


「坊ちゃま、シンシア様が愛らしくてどうしようもないのは分かりますがそろそろ出発のお時間です」

「……」


 デュークはテラーの言葉を拒否するようにシンシアの肩に顔を埋める。


「デューク」


 シンシアがポンポンと肩を叩くと、デュークが顔を上げた。シンシアは両手でデュークの頬を挟んで言う。


「謁見の時間に遅れるのはさすがにダメよ」

「……」


 普段に増して口数の少ないデュークは、しかし、普段とは異なり不満そうな様子を隠そうとしない。いつもよりもほんの少しだけ表情が豊かだ。


「ヒールの靴は慣れないからこのまま連れて行ってくれると嬉しいわ」

「分かった」


 デュークはコクリと頷き、シンシアを抱き上げたまま馬車へと足を進めた。




***




 ディアス家の馬車が王宮に止まり、出てきたデューク・ディアスの姿に王宮の使用人達は騒然とした。

 「威圧」のせいで、デュークの顔を拝めるとしてもかなり遠くからだ。容姿が優れていることは分かっても、顔の細部までは分からない。

 デュークの顔を初めてまともに見た者は、そのあまりの整いように驚きを隠せなかった。

 そして、さらに驚くべきことに誰も近付けないと思われていたデューク・ディアスが人形と見紛う少女をその腕に抱いていたのだ。

 壊れもののように少女を扱うデュークに、王宮の者達は一様に目を瞠った。


「自分で歩けるから降ろしても大丈夫よ」

「……」


 デュークはシンシアの申し出を黙殺する。慣れないヒールの靴を履いているシンシアを自分で歩かせる気はないようだ。

 その過保護な様子に聞き耳を立てていた使用人はひっくり返りそうな衝撃を受ける。


 そして、デュークは迷いのない足取りで王宮の中を進み、控室へと向かった。



 デュークの後ろ姿を見送っていた人々は、デュークから「威圧」を感じなかったことなど全く気付かなかった。





 王宮内は、さすがに権力の中枢だけあって真っ白い廊下には埃一つ、塵一つ見当たらない。


「……はぁ、はぁ」

「どうした」


 王宮の中を進むにつれ、シンシアの呼吸がおかしくなる。顔も青褪め、目もどこか焦点が合っていない。

 まるで、ここではないどこかの光景を見ているようだ。 

 白磁のような手がデュークの肩口をぎゅうと掴む。


「……シンシア?」


 デュークの声もシンシアには届かない。


 ――シンシアは、王宮の光景を通して過去の記憶を思い出していた。

 権力の中枢に近付いたことで、必死に押しとどめていた、権力に殺された過去を思い出してしまったのだ。


 恐怖と絶望、そして痛みにまみれた記憶は、シンシアから正気を奪い去ろうとしていた。




「――シンシア、落ち着け」

「ヒュッ」


 喉が変な音を出す。知らないうちに過呼吸に陥っていたようだ。

 ――くるしい。こわい。


「はぁっ、はぁっ」


 息、すわなきゃ……。

 がんばって空気を取り込もうとすると、さらに呼吸が荒くなる。

 恐慌状態に陥っていると、大きくて温かい手がシンシアの背中をゆっくりと撫でた。


「シンシア、落ち着け。吸うんじゃなくてゆっくり吐くんだ」

「――っ!」


 背中をさすられ、シンシアはゆっくりと息を吐き出した。それを数回繰り返すうちに呼吸が落ち着いてくる。


「落ち着いたか?」

「ええ……」

「そうか、じゃあ帰るぞ」

「え?」


 シンシアはデュークを見上げる。ここまで来て何を言っているんだというような顔だ。


「王宮の環境はお前に合わないんだろう。健康を害するくらいなら帰った方がいい」

「いやいや、謁見はどうするの。陛下との約束をこんな直前ですっぽかすなんて不興を買うわよ」

「興味ない」

「興味ないとかじゃないの」


 抱き上げてこようとするデュークの胸をシンシアが弱々しく押し返す。


「環境が合わないんじゃなくて精神的なものだから問題ないわ」

「……」

「大丈夫だから、行こう。お願い」


 シンシアは震える手でデュークの手を掴む。

 世話になりっぱなしの自分がデュークの不利になるわけにはいかない。シンシアはその一心で自分を奮い立たせ、なんとか立ち上がった。


「行きましょう」

「……この後、俺が無理だと判断したら無理矢理にでも連れ帰る」


 真面目な顔でそう言うデュークに、シンシアは弱々しい笑みを返す。


「うふふ、お断りよ」




 周囲の人々は、明らかに具合の悪そうなシンシアに心を痛めていた。華奢な美少女が苦しんでいる様子というのは、よほど性根が歪んでいる人物でなければ見ていて愉快なものではない。

 何か声を掛けた方がいいのかと悩みつつも、デュークが明らかに近寄りがたい雰囲気を出しているので中々足が進まない。それに、明らかに正装をしている相手に対して勝手に帰っていいと言えるような身分の者はこの場にはいなかった。


 そして、可憐な少女が弱々しく笑い、立ち上がった時には皆、自分が支えてやりたいとその場を飛び出したくなった。



 人間が到底持ちうることのできない神秘的な雰囲気を纏ったシンシアは、その場にいた人々の心を見事に掴んでいた。










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