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【26】シンシア、スタンバイ!




 ヘルメスが帰った後、シンシアはひたすらデュークに抱き着いていた。ハグでストレスを緩和しているのだ。


「む~……」

「……」


 今世では経験したことのないストレスに現在進行形で晒されているシンシアはそこはかとなく機嫌が悪かった。そんなシンシアの頭をデュークは無言で撫でる。


「そんなに嫌なら行かなくてもいい」

「……」


 デュークはそう言ってくれるが、そういうわけにはいかないことなどよく分かっている。

 公爵家の人間であるデュークならばどうにかなるのかもしれない。ただ、デュークに迷惑をかけるのは嫌だった。

 幸いと言っていいのかは分からないが、謁見はシンシアの体調が回復してからでいいとのことだ。体調を気遣われたことを喜べばいいのか、嫌なことが先延ばしになったことを嘆けばいいのか自分の感情がよく分からない。


「断るか?」

「……いく……」


 死ぬほど嫌だけど、ここは腹をくくらねばならない。


「……そうか、気が変わったら言え。陛下は一対一での対面を望んでいるようだから中には入れないが、直前までは一緒に行く」

「ありがとう」


 見舞いに来たというのに、ヘルメスは余計な土産を持ってきてくれたものだ。気が滅入って逆に体調が悪化しそうなほどだ。


「とりあえず、体を回復させることに専念しろ。これでお前の体調が悪化したら俺はヘルメスと陛下を襲撃する」

「……一応上司だし、止めておいた方がいいんじゃないかしら」

「そんなの関係ない」


 無表情で言い放つデューク。

 今まで人との関りが極端に少なかったデュークだから上下関係がよく分かってないのかもしれない。


「余計なこと考えてないで休め。とにかく休め」


 そう言ってデュークはシンシアの背中をポンポンと優しく叩く。

 だが、休めと言われても既に二週間と数時間寝た後だ。眠気などやって来るはずもない。

 シンシアはパッチリおめめでデュークを見上げる。


「……眠くなさそうだな」

「ええ」

「じゃあ何か食べるか? ヘルメスがフルーツを持ってきただろう」

「食べる!」


 騎士団長が持ってきたフルーツだ、さぞかし甘くておいしいんだろう。その味を想像しただけでよだれが出そうだった。






 メロン一玉はシンシアとデュークによってペロリと平らげられてしまった。

 最後の一口を食べてシンシアはほぅ……と息を吐く。


「美味しかった……。なんだか元気になった気がするわ」


 だが、実際は足の筋肉が落ちて自力では歩けないままだ。

 ベッドで上半身を起こしただけのシンシアを見てテラーが困ったように手を頰に当てる。


「シンシア様の移動はどうしましょう。シンシア様はお軽いですから私だけでも運べそうですが……」

「もう年なんだから無理するな」

「まあ!」


 歯に衣着せぬ物言いにテラーがムッとしたような表情を作ってみせる。もちろんそんなことに本気で腹を立てるテラーではない。


「これは俺が運ぶ」

「……まあ、坊ちゃまはそう言うと思いました」


 そこで、シンシアは思う。


「それ、いつもとあまり変わらなくないかしら」


 基本的に、デュークはシンシアを人形よろしく抱くので最近はあまり自分の足で長距離を歩いた記憶がないシンシアだった。




***




 気持ちとは裏腹に、シンシアは順調に回復していった。


 そして、嫌なことはすぐにやってきてしまうもので本日は謁見の日だ。

 王の前に普段着で行くわけにはいかないので、デュークのポケットマネーでドレスを仕立てた。もちろんデュークにドレスのことなど分かる筈もなく、様々な手配をしたのはテラーだ。デュークは財布係を務めた。


 さすがのシンシアも今日ばかりはのんきに寝坊をするわけにはいかないので、テラーに無理やりにでも起こしてもらうことになっていた。


「シンシアさま! シンシア様起きてください!!」


 何度優しく名前を呼んでもシンシアが起きなかった。このままでは王との謁見に遅れると危惧したテラーがどんどん手荒くシンシアを揺さぶる。

 それをデュークが見咎めた。


「おい、そんな手荒な。謁見の時間まではまだ余裕がある―――」

「坊ちゃまは黙ってください。女性の正装にはとても時間がかかるのです」


 ギロリと本気で睨まれてしまえばデュークはもう何も言えなかった。


「ん……」


 そして、ようやくシンシアの意識が浮上する。


「坊ちゃま、私はシンシア様をまずお風呂に入れるので一旦席を外していただけますか? 私は諸々の道具を取りに部屋を出ますので、その間に他の部屋に避難しておいてください」

「わ、わかった……」


 気迫たっぷりのテラーに反論することなどできなかった。テラーの足音が十分遠くなったことを確認し、デュークは他の部屋に移る。


 テラーが戻って来るまでの時間をかけて、シンシアはようやく上半身を起こした。


「シンシア様、とりあえずお風呂に入りますよ」

「ん~……」


 テラーは意外にもあっさりとシンシアを抱き上げ、シンシアを風呂に連行した。


「ぴっかぴかに磨き上げますからね!」

「……え? テラーさんも一緒にはいってくるんですか?」

「もちろんです! 王に会うのですから!!」


 テラーはやる気満々で腕を捲り上げた。


 ……まあ、いいか。


 寝ぼけていたシンシアは特に抵抗することもなく、テラーにまるっと全身洗われた。

 その後、テラーによるエステを受ける。


「シンシア様、起こすのが大変なので寝ないでくださいね」

「う~、こんなに気持ちいいのに寝ちゃいけないなんて……」


 まるで新手の拷問のようだ。


「最大限に急ぎますので、それまで頑張って起きていてください」

「はい……」


 それからはエステの気持ちよさと、寝られない苦痛に苛まれたよく分からない時間が過ぎた。


 エステが終わり、冷たい水を一杯飲み干す頃には流石のシンシアの目も覚めていた。


「それでは今からドレスの着付けを行っていきますね」

「お願いします」


 今回用意されたのは貴族が着るような本格的なドレスなので、一人で着ることは不可能である。

 背中側で紐を複雑に編み込まなければならないし、あらゆる場所にリボンが付いているのだ。


「シンシア様は元々細いのでコルセットいらずですね。着けなくてよろしいですか?」

「はい、私も苦しいのは嫌なのでコルセットはない方が嬉しいです」


 そんなやり取りがあり、コルセットは着けないことになった。

 そしていよいよドレスを身に付ける。

 今回はシンシアの白銀の髪に合うように薄く青がかった白いドレスが用意された。


「……あ、意外と軽いですね」


 何枚も布が重なっている筈なのに、想像よりも大分軽くてシンシアは驚く。転生前でもドレスを着る機会は何度かあったが、どれも来ているだけで背が小さくなるようなものばかりだった。

 シンシアの呟くような感想にテラーがしたり顔をする。


「そりゃあもうお金に糸目は付けませんでしたからね。坊ちゃまからもそのような指示でしたし」

「でも、この触り心地といい、相当良い布なんじゃないですか?」

「もちろん、最高級の絹を使ってますわ」


 エッヘンとテラーが腰に手を当てて胸を張る。

 だが、ド庶民のシンシアは総額を想像して顔を微かに青褪めさせた。


「そんな、多分今日しか使わないのに……」

「絹はディアス家の名産ですから問題ありませんよ。このドレスを着たシンシア様が王城を歩けば宣伝にもなりますし」

「宣伝……なりますかぁ?」


 たった一日着ただけでそんな効果があるのか、シンシアはいまいち信じられなかった。

 自分の容姿の良さに全く自覚のないシンシアにテラーは呆れた視線を送る。


「なりますなります。さあ、次はお化粧……は、必要ありませんかね」


 正直、シンシアの顔のどこに何を施せばいいかテラーには分からなかった。肌は間近で見ても毛穴一つ見つからないし、睫毛も影を落とすくらいスッと伸びている。


 ―――うん、この完璧な美貌には、何を足しても蛇足になりそうですわね。


 そう結論付け、テラーは何も化粧を施さないことにした。












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