【25】ヘルメスが見舞いにきた
「起きろ」
肩を揺さぶられてシンシアは目を覚ました。
「ん……」
よく寝たおかげで随分頭はスッキリしている。珍しくすんなりと目が覚めた。
「おいデューク、せっかく寝てるんだから寝かせてやれ」
「これが起こせと言った」
「んなバカ正直に起こすやつがあるか」
気付けばヘルメスがベッドの横まで来ていた。
「……完全に寝起きなのだけど……」
「嬢ちゃんはありえんくらいの美形だから安心しな。寝起きの顔でもキラッキラしてらぁ」
「……どうも」
ヘルメスがサイドテーブルに果物の詰め合わせを置く。
明らかに高くて甘そうな果物にシンシアの目が輝く。
後でデュークに切ってもらおう。
「―――んで嬢ちゃん、調子はどうだ?」
「体が言うことをきかない以外は好調です」
「そらよかった。嬢ちゃんが目を覚まさないってんでそこに引っ付いてる男が気を揉んでたからな」
そこに引っ付いてる男とは、もちろんシンシアを後ろから抱きしめているデュークのことだ。
「俺がいるから嬢ちゃんとくっついてないといけないのは分かるが、なんでそんなとこにいんだ」
「これの背凭れになってる」
大真面目な顔をしてデュークが答えた。弱っているシンシアを支えているつもりなのだ。
「背中にクッションを敷き詰めればいい話だと思うがなぁ。まあとにかく、嬢ちゃんが目覚めてくれてよかったよ」
「ありがとうございます」
「これでようやくそこの男が働く」
「……ん?」
自分が目覚めたこととデュークが働くことのどこに関係性があるのだろう。
首を傾げているとヘルメスが教えてくれた。
「嬢ちゃんの看病は自分がするってんでこの二週間ずっと仕事サボりっぱなしでな。こっちとしても困ってるんだ」
「そうなの?」
意外に思って後ろを向くと、デュークはそっと目を逸らした。事実らしい。
「嬢ちゃんが目覚めたんだから、明日からちゃんと来いよ」
「………………分かった」
「結構考えたな」
ヘルメスがデュークをジトリと睨み付ける。デュークがサボっていた二週間の間苦労させられたのだろう。
「―――あ~、それでだな、嬢ちゃん……」
首を掻きながら気まずげにヘルメスが話しを切り出す。
ついにその話題がきたかとシンシアは身構える。できれば触れてほしくなかった話題だ。しかも、寝起きで頭が上手く回転していない時に。
「嬢ちゃんが何者で、どんなスキルを持っているのかは聞かない。だが、きっとデュークが来るまで俺達を守ってくれたのは嬢ちゃんなんだろう。……とりあえず、そのことに礼を言わせてくれ」
そう言ってヘルメスは深々と頭を下げた。それはもう、心の底から感謝していることが伝わってくる綺麗な礼だ。
自分のスキルやらなにやらを問い詰められると思って身構えていたシンシアは戸惑った。
「えっと、いえ、どういたしまして……?」
―――はっ! しまった、これじゃあ自分がやったって認めたようなものじゃない。
ここで知らんぷりしておけば言い逃れできたかもしれないのに……。
ただ、シンシアは本気で感謝を伝えてくれた人を蔑ろにするようなことはできなかった。
複雑な思いが顔に出てしまっていたのだろう、ヘルメスがシンシアの顔を見て苦笑する。
「嬢ちゃんすまない。嬢ちゃんが素性を隠してることはなんとなく分かる。どうして嬢ちゃんに触れてれば『威圧』を放たないのかもこいつは教えてくれないしな」
こいつ、と指さされたデュークは素知らぬ顔で話を聞いている。
「できれば俺も箝口令を敷きたかったんだが、さすがにあそこにいた全員となるとどこからか漏れちまってた」
「そうですか」
覚悟はしていたし、仕方のないことだとシンシアも思う。
私があの極寒の地に幽閉されていたシンシアだと知れたらどうなるだろうか。自分がまた幽閉されるだけならまだいい。怖いのは、自分を連れだしたデュークにまで咎が及ぶことだ。それだけはどうしても避けたい。
そして、ヘルメスが気まずげに口を開く。
「それで、だな、その~、嬢ちゃんに召喚礼が出てるんだ」
「……誰からですか?」
なんとなく、嫌な予感がする。
デュークも少し機嫌が悪くなったあたり、相手が誰か知っているのだろう。
次の瞬間、シンシアは自分の耳を疑った。
「―――国王陛下だ」
「………………は?」
それは、国の最高権力者。
そして、シンシアの大嫌いな権力の象徴だった―――。