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【24】目を覚ませば



 シンシアが目を覚ますと、目の前には最近すっかり見慣れた天井が広がっていた。


 どうやら、気絶している間に公爵家の屋敷に帰ってきたらしい。

 ほぼ間違いなく、デュークが運んでくれたのだろう。後でお礼を言わなくては……。

 起き上がろうとしたシンシアだが、なぜか体がやけに重かった。全然手足に力が入らないし、関節の動きも悪い。


 ―――みんなに人形人形言われるから、本当にブリキの人形にでもなってしまったのかしら……。


 思わずそんなことを思ってしまうくらいに体が動かない。

 だけどどうにかしてベッドから出ようと試行錯誤していると、部屋の扉が開いた。


「―――!」


 シンシアの姿を認めた瞬間、紫紺の瞳が見開かれる。


「あ……」


 シンシアはその人物に駆け寄ろうとしたが、体が上手く動かないのを忘れていた。見事に上半身が先走ったシンシアは、べしょっとベッドから落下した。

 咄嗟に両手を出したので何とか鼻を打ち付けることは免れる。


 そんなシンシアの元にデュークが早足で駆け付けてきた。

 そして床にベショッと伏せているシンシアを抱き上げる。一応埃を払うように服をはたいてくれるが、管理の行き届いた公爵家の床に埃など落ちているわけがない。


 デュークに抱き上げられたシンシアはその胸に耳をぴっとり当てた。すると、その体温と共にトクトクと心臓の拍動が伝わってくる。

 シンシアは安心したように息を吐いた。


「生きてる……」

「当たり前だ。今お前を抱き上げてるのは何だと思ってる」

「……」


 何を当たり前のことを、と首を傾げるデュークに、シンシアはヒシと抱き着いた。首に腕を回し、全力でしがみつく。

 シンシアの腕力などたかが知れているのでデュークにしてみればマフラーが巻かれたくらいの感覚だろう。だが、デュークは珍しく少し動揺した。


「ど、どうした。どこか痛むのか?」


 デュークがどもるところなど、シンシアは初めて聞いた。

 デュークの肩に顔を埋めたままシンシアは首を横に振る。

 それっきり何も言わないシンシアにデュークは首を傾げる。それから暫くすると、徐々に肩が湿っていく感覚を覚えた。


「……もしかして、泣いているのか?」

「……グスッ……」


 答えは、鼻をすする音で返ってきた。


「……死んじゃうかと思った……」


 デュークが死んでしまった未来を想像して、シンシアはこの世から光が消えたような、底冷えする恐怖を味わったのだ。

 泣いている少女への対応など分かるわけがないデュークは、とりあえずその小さな頭を撫でておく。

 すると、シンシアがむくりと顔を上げた。


「!」


 デュークはハッと息を呑む。


 ―――こんなに綺麗に泣くやつがこの世にいるのか……。


 人の泣き顔を見ることなどそうそうないが、それでもこの美しさは普通じゃないと分かる。

 涙で潤んだ瞳が宝石のように輝く。そして、澄んだ瞳からぽろぽろと雫が零れ落ちた。

 デュークは思わずその柔らかな頬に手を伸ばす。


「泣くな」


 よしよしと頬を撫でられても、栓が壊れたように涙が止まらない。

 ただスンスンと鼻を啜る音が部屋に響く。


 そして、何を思ったのかデュークはシンシアの後頭部に手を回し顔を引き寄せ―――


 その白い額にちゅっとキスをした。


「―――ふぇ?」

「……」


 一瞬なにをされたのか理解できず、まぬけな声を上げる。止め方が分からなかった涙もピタリと止まっていた。


 シンシアの額から顔を離したデュークは、シンシアの脇に手を差し込んでそのまま上に抱き上げる。高い高いの格好だ。


「お前はかわいいな」


 その瞬間、鉄仮面がほんの少しだけほころんだ気がした。

 デュークはそのまま、幼い子をあやすようにシンシアを上下に揺らす。


「よしよし、もう泣くな」

「……」


 シンシアは開いた口が塞がらなかった。

 この男にはシンシアが五歳児にでも見えているのだろうか。





 落ち着いた、というか無理矢理落ち着かされたシンシアはベッドに逆戻りした。デュークに無理やり押し込まれたのだ。


「動けないだろう。安静にしてろ」

「ええ、体に上手く力が入らないわ」

「そうだろうな。二週間寝たきりだったからな」

「……え?」


 聞き間違いだろうか。

 二週間寝たきり……?

 にわかには信じがたいが、デュークが冗談を言っている様子はない。本当に二週間寝ていたのだろう。


「どうりで体が重いはずね」

「ああ、少しづつ戻していけ」

「そうさせてもらうわ」


 まあ、普通にしていればすぐに元通りになるだろう。


「―――医師の診察は受けられそうか? 疲れたなら一度寝てもいいが」

「大丈夫。二週間も寝こけていたんだから、流石に目は冴えてるわ」

「そうか、じゃあ医師を呼んでくる」


 そう言ってデュークは部屋を後にした。



 暫くすると壮年の男性が入ってきた。白衣を着ているのでこの人が医師だろう。


「シンシア様、お目覚めになられて安心しました。念のため診察させていただきますね」

「お願いします」


 診察が終わると、医師とすれ違うようにデュークが戻ってきた。医師を威圧しないように配慮したのだろう。


「どうだった?」

「……へ? ああ、問題なかったわ」


 ボーっとしていたシンシアはデュークに声を掛けられて我に返った。

 

「もう一度医師を呼んでくるか……」

「本当にボーっとしてただけだからお医者様に余計な手間をかけさせないで頂戴」


 折角仕事を終えて帰った医師を呼び戻そうとするのを慌てて止める。自分は体調を崩すことなどそうそうないから病人には過保護なんだろうか。

 デュークの袖口をクイクイッと引っ張り、ベッドに座らせる。


「ところで、あの後どうなったの? みんなは無事かしら」

「俺が魔獣に止めを刺した。騎士は皆無事だ」

「そう、よかった……」


 とりあえず胸を撫でおろす。


「ブランシュが心配してた。今度顔を見せてやれ」

「ブランシュが……! 今すぐ会いにいくわ!」

「それはダメだ」


 膝に掛かった布団をガバッとどけ、ブランシュのもとに向かおうとしたがデュークに止められる。


「なんで?」

「まだ本調子じゃないだろ。そんな調子で会いに行ってもブランシュを心配させるだけだ」

「……それもそうね」


 もふもふを心配させるのはシンシアとて本意ではない。仕方ないので大人しく寝ていることにした。


「ところであなた、仕事はどうしたの?」


 さっき日付を確認したが、今日は休日ではなかったはずだ。


「休暇をとった」

「まあ……」


 自主休暇なんて言葉とは縁がなさそうなのに……。

 少し不思議そうな顔をしたシンシアに向けてデュークはさらりと言い放った。


「お前が心配だったからな」


 大きな手で頭を撫でられる。


「ふふ、ありがとう」


 頭を撫でられると、先程起きたばっかりなのに眠気がやってきた。


「寝るか?」

「ええ、少しだけ寝るわ。一時間したら起こしてくれる?」

「午後にヘルメスが見舞いに来るそうだから、その時に起こす」

「ありがとう……」


 体はまだまだ休息を求めていたらしく、シンシアはあっという間に眠りに落ちていった。








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