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【23】そしてシンシアは―――




 魔獣は完全にこちらをロックオンしているが、すぐに襲ってくることはなかった。


 この魔獣がSランクであることなど、誰が見ても明らかだ。

 びっしりと体中を覆っている鋭い鱗に頭から生えている鋭利な二本の角。そして、顔は真っ黒い山羊の頭蓋骨のような風貌の、もはやベースの動物が分からない魔獣だった。


 こちらを完全にロックオンしている魔獣は、禍々しいオーラを放っている。シンシアには「無効化」スキルのおかげで「威圧」は効かないから分からないが、もしかしたらこの魔獣も「威圧」を放っているのかもしれない。ヘルメスや周囲の騎士達が苦しそうに呻いている。


 下手したらシンシアなど一口で飲み込めてしまいそうなほど大きな魔獣は、苦しむ騎士達を見てまたニタリと嗤った。そして「威圧」を強めたのか、周りの騎士達がさらに苦しみ出す。


「デュークが行ったはずなのに、なんで無傷なんだ……」


 威圧のせいで動くことができないヘルメスがぼやく。

 その時、少し離れた所で何かが爆発するような戦闘音が聞こえてきた。おそらくデュークだろう。そこで、ヘルメスがあることに気付く。


「―――まさか……二体いたのか……」


 絶望したようにヘルメスが呟く。

 そこで、シンシアも今までに感じたことがない禍々しい気配の正体に気付いた。

 Sランクの魔獣が二体いたのだ。一体でも部隊を全滅させかねない、災厄とも言われるSランクの魔獣が。

 今までの生でもこんな事態には遭遇したことがないし、そんな話も聞いたことがない。正に異例の事態だ。


 シンシア達が相対している魔獣は、騎士達が苦しむ様をニヤニヤと見守っている。おそらく、このまま「威圧」を受け続けたらシンシア以外の面々はいずれ死に絶えてしまうだろう。

 呑気にスキルを隠している場合ではなかった。


「―――?」


 シンシアを見て魔獣が不思議そうに首を傾げる。この中で一番華奢で弱そうなのに、唯一ピンピンしているからだ。何の圧も感じていないように突っ立っているシンシアに魔獣が焦点を合わせる。

 

「―――っ嬢ちゃん! 動けるなら今すぐ逃げろ!!」


 魔獣の視線がシンシアに向いたことを感じたヘルメスがシンシアに逃げるように促す。

 ヘルメスや他の騎士達は「威圧」のせいで動くことができないので、せめてシンシアだけでも逃がそうとしてその背中を押す。


「嬢ちゃん!!」


 ヘルメスがいくら背中を押しても、シンシアは走りだすどころかその場から動かなかった。怯えるでもなく、ただただ正面から魔獣を見据える。



「―――?」


 異変を感じたのか、魔獣が微かに身じろぐ。息苦しさを感じたのだろう、鋭い爪の付いた手で自分の喉を擦る。

 そして数秒の後、魔獣が苦しみだした。


「―――!!!! ―――!!」


「な、何が起こってるんだ……」


 急に藻掻き、苦しみだした魔獣を見てヘルメスが呟く。

 だが、シンシアの耳にその声は届いていなかった。なぜなら、周囲の音など聞こえないくらい集中していたからだ。


 瞬き一つせず魔獣を見据えるシンシアの頬を一筋の汗が伝った。

 

「―――!!!!!」


 魔獣がさらに苦し気な声を上げる。

 一体何が起こっているのか、ヘルメスには分からなかった。ただ、か弱い少女だとばかり思っていたシンシアが何かをしているのは分かる。それも、騎士団長である自分でも知り得ないようなスキルを行使していると。

 実際、シンシアは自分の持ちうるスキルを何種類も同時に行使することで今の状況を作り出していた。

 何をしているかというと、魔獣の周囲の空気だけを薄くしているのだ。魔獣とて生物だ。生きるためには呼吸をしなければならない。

 もっと直接的に攻撃するスキルもあるのだが、このクラスの魔獣を倒すにはかなりの威力が必要だ。魔獣の「威圧」によって動けない騎士が周囲にいる状態でそんなスキルを使えば巻き込みかねない。よって、多少自分に負荷はかかっても周りに被害が出ない方法を選んだのだった。


「……ごめんなさい」


 そうしてシンシアが魔獣に止めを刺そうとした瞬間、何か温かいものがシンシアの目を覆った。

 そして低い声がシンシアの耳朶を擽る。


「―――すまない。待たせた」


 シンシアの目を覆ったのはデュークの手だった。

 もう一体の魔獣を片付けてきたせいで微かに息の上がっているデュークは、シンシアを後ろから抱き込むようにして目の前の光景から遠ざける。


「スキルを止めろ。止めは俺が刺す」

「でも……」

「騎士でもないお前が背負う必要はない」


 ―――それにお前は動物が好きだろう。そう言われ、シンシアはスキルの発動を止めた。

 さすがのシンシアでもこの魔獣を愛でたいとは微塵も思わない。むしろ醜悪だとすら思う。だが、生き物を殺すことにはやはり罪悪感があるのだ。

 デュークはシンシアに自分の上着を掛け、その視界を遮る。するとデュークの体温がシンシアから離れた。

 その後聞こえてきたのはシュッと剣を抜く音。


 そこで気を失ってしまったのか、その後の記憶はない―――。




***




 魔獣に止めを刺したあと、デュークが振り返るとシンシアが地面に倒れていた。幸いにも、地面に積もった落ち葉がクッションになったおかげで怪我はしていないようだ。

 ヘルメスが抱きとめようとしたようだが、今度はデュークの「威圧」で動けなくなっていた。


 デュークが気を失ったシンシアを抱き上げた瞬間、今まで騎士達を苛んでいた「威圧」が消える。

 一気に呼吸がしやすくなったヘルメスはデュークに駆け寄った。


 ヘルメスは目視でデュークの無事を確認すると、その腕の中の少女に視線を移した。


「デューク、その嬢ちゃんは……」

「……」


 ヘルメスの問いに、デュークは一瞥を返しただけで何も答えなかった。


 






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