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【22】嫌な予感の正体




 食事を終えると、いよいよ就寝の時間だ。

 デュークは夜間の番を免除されているので、シンシアと二人、テントの中で横たわる。


 テントの壁は薄いのでいつもよりも少し肌寒い。また、底の布も薄いので敷布団越しでも背中がひんやりとする。


「さむい……」


 シンシアは温もりと求めてデュークに近付く。デュークは親鳥のごとく自分の懐にシンシアを仕舞ってやった。

 人肌の心地よい温度に包まれ、シンシアはホッと一息つく。

 そして後頭部を優しく、一定のテンポで撫でられれば、もう睡魔には抗えなかった。


「おやすみ」

「おやすみ……なさい……」


 ちゃんと最後まで言えたかどうか、記憶がない。






***






 その時、寝起きが異常に悪いシンシアが起きられたのは奇跡かもしれない。


 隣で人が起き上がる感覚でシンシアは目覚めた。そして、辺りがまだ暗いことに驚く。夜中に目覚めることなんて滅多にないから、丸一日寝過ごしてしまったのかと思ったほどだ。だけど、明らかに寝足りていないので寝過ごしたわけではないと思い直す。


 頭を振って強引に寝惚け頭を覚醒させれば、ザワザワと肌を撫でるような不快な気配に気付いた。


「……なに……?」

「ランクの高い魔獣が接近してきているようだ」


 デュークはそれだけ言うと剣とシンシアを持ち、サッとテントを出た。

 妙な気配に気付いた騎士達も続々とテントを出てきている。


「デューク!」


 しっかりと腰に剣を携えたヘルメスが駆け寄ってくる。


「この気配は―――」

「ランクの高い魔獣が接近している。おそらくAかS」


 デュークは端的に言い放つと、ブランシュにシンシアを預けた。


「ブランシュ、シンシアを頼んだ」

「ギャウ!」

「……私も……」


 行く、と言おうとしたが、デュークがシンシアの頭を撫でたことでその言葉は中断された。

 デュークはSランクの魔獣を一人で倒したことがあるというが、今回は明らかに何かがおかしい。気配察知の能力の有無に関わらず感じ取れる禍々しい気配。シンシアもこんなのは初めてだった。


「一人で討伐に向かう。これのことは頼んだ」

「……承知した」


 この気配の主が相手では、自分達がついて行っても足手纏いになるとヘルメスは分かっていた。

 シンシアをブランシュとヘルメスに託すと、デュークはシンシアから手を離す。


 一瞬、立っていられない程の威圧感がヘルメスを襲ったが、すぐに消えた。おおよそ人間ではありえない程のスピードで距離をとったのだろう。

 

 デュークの強さならば心配はないのだろうが、なぜか胸がざわつく。


 ―――嫌な予感がする……。


「嬢ちゃん、万が一の場合に備えて退避の準備をするぞ」

「はい」


 ヘルメスに促され、寝る前に纏めておいた最低限の荷物を背負う。テントを片付ける暇はないので、デュークが魔獣を倒せず退避をする際には置いて行くことになるだろう。


「すまないな嬢ちゃん、本来はこんな街に近い場所で高ランクの魔獣が出ることなんてないんだが……」

「異例の事態なのは私にも分かります。お気になさらず」


 ヘルメスと並走しながら慰めの言葉を口にする。


「城に異常事態を知らせるために何人か急ぎで戻らせる。嬢ちゃんはそいつらと一緒に行け」

「いえ、私が一緒にいたのでは戻るのが遅くなります。それで結果的に応援が遅くなるのは避けたいので私はここに残ります」

「……分かった」


 一瞬の後、ヘルメスは決断を下した。

 シンシアを待っていた伝達組に出発するように命令を下す姿は、さすが騎士団長だけあって堂に入ったものだ。


 シンシアがこの場に残ることにした理由はヘルメスに言ったことが全てではない。もちろん、伝達が遅くなると困るというのもあるが、それはあくまでおまけだ。

 万が一、いや、億が一デュークが魔獣を撃ち漏らした時には自分が迎え撃つためにここに残ったのだ。

 もしデュークが敗北するような魔獣であれば、ここにいる騎士達が全員無傷で帰還することは不可能だ。必ず死者、重傷者が出ることになるだろう。

 相手が並の魔獣であれば、重傷者が出そうになる直前まで傍観を決め込んだだろう。冷たいかもしれないけれど、目立つことは避けたい。

 だが、この気配から察するに相手はかなりの高ランク。一撃でもまともにくらえば即死の可能性すらある。

 さすがのシンシアでも、死んでしまえば蘇生させることは不可能だ。

 そして、保身のために多少なりとも顔を見知った面々を見殺しにすることもできない。


 幸いにも、ここには同じく高ランクの魔獣であるブランシュがいる。

 だけど、ブランシュはシンシアのことしか守らないだろう。魔獣とはそういう生き物だ。



 最悪の事態を想定してみる。その想定では、デュークは死んでいるかかなりの重症だ。

 言い様のない不安がシンシアを支配する。


 ……あの人には、死んでほしくない。


 置いて行くならまだしも、置いて行かれるのは嫌だ。


 やっぱりついて行けばよかったかと少し後悔した数分後、シンシアは自分の選択は間違っていなかったことを知った。









 臨戦態勢に入った騎士達の周りを沈黙が包む。

 そんな状態が数分続いた後、ついにその沈黙が破られた。


「――――――!!!!!」


「!?」


 超音波のような、黒板を引っ掻いた時のような不快音が沈黙を切り裂いた。

 

 ズシンズシンという足音が徐々に近付いて来る。

 そしてついに、その足音の正体が木の影からにゅっと顔を出した。


「!!」


 それは、紛れもない災厄―――。


 最上位であるSランクの魔獣がこちらを見て、ニタァっと嗤った。








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