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【21】できたてごはん




 二人と一匹が戻って来れば、猪魔獣は綺麗な切り身になっていた。


「上手ね……」


 シンシアは魔獣どころか普通の獣も捌いたことはないが、なんとなく捌き方が上手だと思った。

 だから、思ったことをそのまま口に出しただけなのだが、その呟きに新人騎士達が大袈裟なほど喜ぶ。


「し、シンシアさんに褒められた……?」

「あんな綺麗な子に褒められるのなんて、俺初めてだ」

「俺も」


「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」


 うっほうっほと輪になってシンシアに褒められたことを喜び合う新人騎士達。


 自分が褒めただけでなぜそこまで喜ばれるのか、シンシアには理解できなかった。

 しかも、これまでの三度の生を含めなければ彼らの方がシンシアよりも年上のはずだ。自分に褒められただけであそこまで喜ぶのはおかしい。だとすれば、何かおかしなことをしてしまったのではないだろうか。捌くのが上手いなど、騎士の方に対する褒め言葉ではないのかもしれない。


「ねぇ、私、何かおかしいこと言った?」


 デュークに聞けば、否定の首振りが返ってくる。

 一般常識に欠けるデュークなので信憑性は薄めだが、とりあえず変なことをしたわけではないのだろう。

 だとすれば、彼らは本当にただ褒められたことを大袈裟なまでに喜んでいるだけだ。


「……幸せの沸点が低いって素敵なことよね」

「そうだな」




***





 デュークとシンシアは一番いい部位の肉をもらい、自分達のテントの前に戻ってきた。もちろん、それとは別にブランシュ用の巨大肉塊も持ってきている。


「何を作るの?」

「ステーキとスープだ」

「二品も作れるのね。すごいわ」


 シンシアとしては素直な賞賛だったのだが、表情の動かない彼には珍しくギョッとした顔をされてしまった。


「なに?」

「……いや、屋敷に帰ったら一緒に料理をしてみるか?」

「ほんと? やってみたい」


 シンシアはキラキラした瞳でデュークを見上げた。

 今の言葉だけでデュークはシンシアの生活力が心配になったが、このかわいさだけでも十分生きていけるだろうと思い直す。

 まあ、生活力がなくても自分が養えばいいだけだ。

 デュークはかわいいだけの生物の頭をよしよしと撫でた。



 公爵家の人間でありながら身の周りのことは一頻りこなせるデュークは、見事な手際で料理を作っていった。

 その様子をシンシアはただ間近で眺める。


「デューク、いい匂いがしてきたわ」

「ギャウ!」


 ジュ~と肉が焼け、香ばしい匂いが辺りに漂う。肉に添えられているハーブの匂いもまた食欲を誘う。

 シンシアは一応レディなのでよだれは垂らさないが、獣であるブランシュはよだれダラダラで、今にも肉に飛び掛かりそうだった。

 鉄板のすぐそばでジーっと肉を見詰める二匹の愛らしさに、デュークは内心ニヤケが止まらなかった。

 愛でたい気持ちがあふれだしたデュークは、シンシアとブランシュの頭をワシワシと撫でる。


「二匹とも、もう少しでできるからまだ我慢だぞ」

「ギャウ!」

「ひき……?」


 自分の数え方に疑問を覚えたが、スープの味見をさせてくれるというのでそんな疑問は頭から吹っ飛んでいった。





「いただきます」

「ギャウ!」


 辺りはすっかり暗くなり、空には数多の星が浮かんでいる。

 ブランシュは早速、自分の顔程の大きさがある塊肉にかぶりついた。むぐむぐと数回咀嚼すると、おいしかったのか瞳を輝かせ、喉を鳴らした。


「グルルルルル~♪」

 

 シンシアも空腹に負け、そのまま齧りつこうとしたがデュークに止められた。

 ひょいっと膝の上に座らされ、腹をホールドされる。


「ぎゃう?」

「お前は獣じゃないだろう。ちゃんとカトラリーを使って人語を話せ」


 デュークは父親のごとく、シンシアを膝に乗せたままステーキを切り分けてやっていた。

 シンシアがこれほどまでに理性をなくすのは、できたての温かい料理を食べるのは今世で初めてだからだ。幽閉されていた時は言わずもがな、公爵家でも運ばれてくるまでに若干冷めてしまっているのでできたてほやほやとは言えない。

 目の前で調理された温かい料理というのは、十五年間粗食を食べていたおかげで美味しいものに目がないシンシアには堪らなかった。

 育ちがいいだけあってデュークは見事なカトラリー捌きでステーキを切り分ける。


「挨拶は?」

「いただきます」

「ほれ」


 口元に差し出されたステーキをパクリと咥える。


「おいしい……!」

「ん」


 一口目を飲み込んだタイミングでデュークが二口目を差し出す。それにもパクリとかぶりついた。








 デュークの餌付けの様子を、他の騎士達は遠目から見つめていた。


「すげぇ、ディアス卿、ナチュラルにあーんしてるぞ」

「てかまず普通に膝に乗せてるのがおかしいだろ」

「二人とも浮世離れしてるからな、距離感がよく分からないんだろう」

「あ~、あの二人ならベタベタしててもあんまり嫌じゃないよな」


 男達はハーブなど使わない、ただ塩と胡椒で焼いた肉を自分で口に運んでいた。ただ、マナを沢山含んだ肉だけあってそれだけでもかなり美味だ。


「嫉妬というか、あの二人だともはや眼福だよな。あんなに整った顔立ちの子の隣に並ぶ勇気ねぇよ、俺」

「その気持ち分かるわ。シンシアさんと並んでもつり合いが取れるのって騎士団だとディアス卿くらいだよな」

「顔だけならあの狂人もかなり整ってないか? ディアス卿と同じかそれ以上だろ」

「「「あ~」」」


 その場の騎士達の脳裏に、騎士団内で『狂人』と呼ばれる一人の青年の姿が浮かんだ。彼もシンシアと同じく、黙っていれば精巧に作られた人形と遜色ない美貌の持ち主だ。


「言動があれだから美形枠に入ってなかったわ」

「だな、あれは狂人枠でしかねぇもん」

「観賞なんかしてたら襲い掛かられる気しかしないよな」


 『狂人』と呼ばれる彼は、その名に相応しい数々のエピソードを有している。


 騎士達が入っている大浴場の湯を、何を思ったのか凍らせてみたり。夜間、トカゲのように天井に張り付いて見回りの騎士を脅かしてみたりなど、そういった話題に尽きない人物だ。

 デュークに引けを取らない家柄と実力がなければとっくに首になっていただろう。


「あの人を顎で使ってる妹さんって何者なんだろうな」

「それ永遠の謎だよな」


 『狂人』は、妹のためと称して度々姿を消す。休日、平日関係なしにだ。

 そして、誰も『狂人』の妹の姿を見たことがなければおつかいの内容も知らない。知っているのは、『狂人』が超ど級のシスコンということだけだ。 


「妹さん、嫁に出してもらえんのかな……」

「あ~、手放さなそうだよな、あの人」

「自分を倒せない男に妹はやらんとかいいそうだよな」

「「「確かに」」」


 彼がそう言うのが容易に想像できた。


「あの人を倒せるのなんて、それこそディアス卿くらいだよな。まあディアス卿にはシンシアさんがいるからそんなことにはならないだろうけど……」


「―――あ! ディアス卿がシンシアさんの口拭いてる!!」

「「「なにっ!?」」」


 全員同時に顔を向ければ、デュークが汚れたシンシアの口元を拭ってやっているところだった。もはや父親か飼い主だ。


「あれシルクのハンカチじゃね?」

「ほんとだ」

「俺ならシルクのハンカチなんて人に使えねぇよ。そういうとこもなんていうか、度量が違うよなぁ」

「分かる」


 デュークは騎士団内では英雄ゆえに、割と何をやっても好意的に受け止められる。


「使用人にも偉ぶらないなんて、ディアス卿はできたお人だよなぁ。あの光景じゃどっちが主人か分からないし」

「まあシンシアさんは別だろ。出会って間もないらしいのに、あのディアス卿が実の子どもみたいにかわいがってるし」

「たしかにそうだよな~」


 騎士達がそんな話をしながら、平和な夜は更けていった。












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