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【20】シンシアは怠け者




 本人に聞いてみたところ、やはり身体強化は使っていなかったらしい。


「そんなことができるなら出勤の時もスキル使わなくていいのではないの?」

「まあ、スキルなしでも同じスピードで走ることはできる。ただ、疲れるから嫌だ」

「なるほど」


 デュークと同じく、面倒くさがりで疲れることはなるべく避けたいシンシアにはよく気持ちが分かった。


「じゃあ、どうして今日はスキルを使わないの?」

「……嫌な予感がする。だから、なるべくマナは温存しておきたい」

「……不穏ね」


 他の者が言ったのならば聞き流すが、デュークの予感となるとなんとなく当たりそうだ。

 デュークは猪魔獣をブランシュに託す。ブランシュはガブッと猪魔獣に牙を突き立て、ヒョイっと持ち上げた。そこはさすがデュークの威圧に耐えられるランクの魔獣である。大きさでは猪に劣るものの、強さではこの猪魔獣など足元にも及ばない。


「拠点まで運んでくれ」

「ギャウ!」

「……後で調理したのをやるから、まだ食うなよ」

「ギャウ!!」


 ぎゅるぎゅるとお腹を鳴らしたブランシュに危機感を抱いたのか、デュークがブランシュを諫める。そして自分はシンシアを抱き上げた。

 シンシアに触った瞬間、周囲に放たれる威圧が消える。


「ブランシュ、行くぞ」

「ギャウ!」


 デュークが拠点の方向に走り出すと、猪魔獣を咥えたブランシュも後に続いて駆け出した。








「おー、戻ってきたか……って、なんだぞれ!?」


 拠点に戻れば、ブランシュが咥えた獲物にヘルメスが目を瞠る。

 ブランシュがパカッと口を開いて猪魔獣を地面に置く。その体重ゆえにドサッという音とともに砂埃が立ち、ヘルメスは一歩後ずさった。


「随分巨大なの調達してきたなぁ……。ここにいる全員で分けても食べきれねぇんじゃねぇか?」

「残りはブランシュが食べる」

「ああそっか。……ん? てかこいつ、最近報告に上がってた猪魔獣か?」

「ああ」


 デュークがコクリと頷く。


「そうか。この大きさだと、そのうち人間にも被害が出ただろうな。よくやった」

「ん」


 デュークは適当に返事をし、猪魔獣を捌くためにナイフを手に取った。そこで、片腕に乗せたままのシンシアと目が合う。


「……」

「……?」


 何が言いたいのだろうとシンシアが首を傾げれば、なぜか問答無用で目隠しをされた。

 その辺にあった手ぬぐいで目を覆われ、頭の後ろでキュっと結ばれる。


「おいデュークなにしてんだ? てかなんで嬢ちゃんも全くの無抵抗なんだ? せめて何か聞けよ。もっと防衛本能を働かせろよ」

「この人なら大丈夫」

「なんだその絶対的な信頼」


 シンシアのヘルメスへの返答に、デュークは内心満更でもなかった。だが決して顔には出ない。


「どうして目隠しをしたの?」

「今から捌くからな」


 ああ、私にその光景を見せないようにしてくれたのか。


 デュークがそのような気を遣うとは意外だった。

 普通ならば離れた場所にいればいいだけの話なのだが。周りに人がいる状態では離れることが出来ないのでこういう対処になったのだろう。

 デュークは目隠しをしたシンシアを背負いあげた。

 そこで、慌てて新人騎士が駆け寄って来る。


「ディアス卿! 捌くのは我々がやります!!」

「そうですよ! 捌くのまでやっていただくわけにはいきません!」

「そうか」


 元来面倒くさがりのデュークは、特に抵抗することもなくナイフを新人騎士に受け渡す。


「あ、ありがとうございます」


 新人騎士に向けてコクリと頷くデューク。


「―――ねぇ、じゃあこの目隠し外してもいい?」

「いいぞ」


 許可を得てシュルリと目隠しを外せば、一気に視界が開けた。

 そしてデュークはシンシアを背負ったままその場を後にしようとする。


「そんなに気を遣ってもらわなくても、多分私大丈夫よ?」

「ダメだ」


 シンシアは別に離れなくても大丈夫だと主張したのだが、デュークは珍しくきっぱりと拒否した。

 シンシアとしては、そこまで弱い精神はしていないので本当に問題ないのだが、心配をされるのも悪い気はしなかった。

 十五年間触れることがなかった人の気遣いに、シンシアの胸が温かくなる。

 シンシアはでデュークの首に腕を回し、ギュッと抱き着いた。


「ギャウッ」

「あら、ブランシュも一緒について来るの?」

「ギャウ」


 二人の後ろからはブランシュがテコテコと付いて来る。


 そして、二人と一頭は猪魔獣の姿が見えない所まで移動した。

 デュークは適当な場所で地面の上に胡坐をかき、その上にシンシアを乗せた。シンシアも、今さら膝の上に座らされるくらいでは動揺しない。むしろ自分の服が汚れないように配慮してくれたのだろうとありがたく思っていた。

 まあ、本来の紳士であればハンカチーフを敷いてその上に相手を座らせる。だが、デュークは世の女性の理想の紳士からは程遠かった。

 地面の上に座った二人のすぐ傍らにブランシュも伏せをする。


「かわいい……」


 シンシアの手は無意識にブランシュの頭に伸びる。

 そしてよしよしと頭を撫でればブランシュはゴロゴロと喉を鳴らし始めた。


「随分懐かれたな……」

「そう思う?」

「ああ」

「そう……嬉しいわ」


 飼い主が懐いているというのなら本当に懐かれているのだろう。

 もふもふと仲良くなれるのは嬉しい。



 それから暫くの間、毛皮を撫でる音とブランシュが気持ちよさげに喉を鳴らす音だけが響く穏やかな時間が流れた。


 片田舎での余生のような穏やかな時間は、一人の騎士がデュークを呼びに来たことで終わりを迎える。


「ディアス卿~! 猪捌けました~!!」

「……今行く」


 デュークはシンシアごとスッと立ち上がった。そして当然のようにシンシアはデュークの片腕に座らされる。


 私、最近自分の足で歩いてない気がする……。


 抱き上げられている時間で自分と競えるのは幼児か赤ちゃんくらいではないだろうか。

 ふと、自分の健康面が気になったシンシアだった。


 ―――まあいっか。


 将来のことを考えても仕方がないと気を取り直す。

 怠け者のシンシアは楽な生活を享受することを選んだのだった。












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