【19】食料調達
そして、一行は目的地に到着した。
森の中の開けた場所にそれぞれテントを張り、本拠地を作る。
シンシア達もテントを張った。一つだけ。
「……ほんとに一つしかテント持ってきてないのか……」
ヘルメスが微妙な顔で呟くと、騎士が何人か項垂れた。
「『今は演習だからいいが、有事にわざわざ荷物を多くするのは悪手だ』とデューク様は言ってます」
今回は正しく意図を汲めたようで、デュークは一つコクリと頷いた。
通訳が成功したことにシンシアは少し嬉しくなる。人形のように精巧な顔を小さな微笑みが彩った。
デュークも褒めるようにシンシアの小さな頭を撫でる。さながら上手に芸のできたペットを褒める時の様子だ。
「あ、ありがとうございます」
「ん」
「なんだこいつら」
ヘルメスにはますますこの二人の関係性が分からなくなった。
「―――ところで嬢ちゃん、料理はできるか?」
「料理……?」
「あ、もう分かったわ。察したからもう大丈夫だ。得意なら手伝ってもらおうと思っていたが諦めた」
料理という言葉に首を傾げたシンシアを見てヘルメスは全てを察した。
実際、シンシアは前世を含めてもほとんど料理の経験がない。今世では幽閉されていたので言わずもがなだが、それまでの三度の生でも料理をする機会はほとんどなかったのだ。
だが、料理というものに興味がないわけではなかった。
―――料理、やってみたい……。
自分から料理をするという発想は出てこなかったが、言われると急にやってみたくなった。
でも、こんな場で素人がやってみたいって言っても迷惑よね……。
そこで、意外な人物が口を開いた。
「できる」
「……え?」
今言葉を発したのは誰だろうと皆が顔をキョロキョロとさせる。
まさか、この人が言ったわけないわよね……?
公爵家のお坊ちゃんであり、生活力が欠如してそうなデュークに料理ができるとは到底思えなかった。
ヘルメスや他の騎士もデュークに料理ができるわけないだろうと思っているのがありありと顔に現れていた。
皆に声が届いていないと思ったのか、デュークが無表情のまま復唱した。
「できる」
「……ほんとに? 嘘でしょ?」
(((シンシアさん!!??)))
騎士達にとっては孤高の存在であるデュークに臆面もなく疑いの目を向けるシンシアに騎士達は慄いた。
だがデュークはまったく気にした様子を見せない。
「できる。一人での任務とか、休みの日は自分で作ってるからな」
「あ、そっか」
そう言えば、デュークは休みの日には謎の遠出をして一日帰ってこないのだった。
食べ物屋のある場所でもないだろうし、弁当を持っていくか現地調達をするしかないのだろう。まあ、食べ物屋があっても威圧のせいで入れないのだが。
デュークの言い分を聞いてヘルメスも納得したようだ。少し驚いてはいるが。
「おお……、じゃあ夕食作りの手伝いを頼んでもいいか?」
ヘルメスの言葉に、デュークがコクリと頷こうとしたところで何人かが割り込んできた。
「だ、団長!! ディアス卿に食事作りなんかさせないでくださいよ!! そういうのは俺らがやりますから!!」
「そうですよ! ディアス卿の手料理なんて畏れ多くて食べられません!!」
「ですです!」
騎士達の訴えに、ヘルメスは「あ~……」と気まずげな顔をして頬を掻いた。
「……別に、構わないが……」
デュークがボソリと呟いた声は騎士達の声にかき消される。
本人は意図していないのに、変に敬われるデュークをシンシアは少し可哀想に思った。
尊敬され過ぎるのも考えものね……。
デュークの袖口をクイクイッと引く。
「自分の分だけ自分で作ったら?」
「……そうだな、俺とお前の食事は自分で作ることにしよう。……エサをやるのは飼い主の役目だ」
「何か変なこと言わなかった?」
「……」
シンシアからソッと目を逸らすデューク。
「ところで、食材はあるんですか?」
「少しの野菜と調味料はあるぞ。メインはこれから調達だな」
シンシアの問い掛けにヘルメスが答える。
「……行ってくる」
「へ?」
デュークはシンシアを抱き上げると、ブランシュを呼びつけ跨った。
「行け」
「ギャゥ!」
主の命を受けてブランシュが駆け出す。だが、デューク一人の時よりも揺れが少ないので、どうやらシンシアを気遣っているようだ。
そのことをデュークから聞いたシンシアは、モフモフの心遣いに胸をときめかせた。
「ブランシュ……すき……」
ギュッとブランシュの背中に抱きつく。
「ギャゥッ!」
ブランシュはシンシアに抱きつかれると、嬉しそうに鳴いた。
拠点から数キロ程離れた所でデュークはブランシュを止めた。
「お前達はここで待っていろ。ブランシュ、これのことは頼んだぞ」
「ギャウ!!」
デュークが首に手を当てて命じると、ブランシュは元気いっぱいに鳴き声を上げた。
「モフモフに面倒をみられるなんて……悪くないわ」
むしろシンシアとしては大歓迎だ。プライド? そんなものはない。
暇つぶしのおもちゃ代わりにブラシを与えると、デュークは一人で木々の間を進んでいった。
シンシアと離れた瞬間、無意識の威圧が放たれるが、シンシアとブランシュには効果がない。
デュークの後ろ姿を見送っていると、次第に足音が聞こえなくなる。
「……ブランシュ、ブラッシングしましょうか」
「ギャウ!」
嬉しそうに目を細めたブランシュは大層かわいらしかった。
ブランシュの体は巨大なだけあって、その毛の量も普通の虎よりも多い。ゆえに、抜け毛もかなりの量があった。
縞々模様の体にブラシを通せば、あっという間にシンシアの顔ほどの大きさの毛玉が三つできた。
毛玉を両手で抱えてシンシアは瞳を輝かせる。
「ふわふわ……! この抜け毛でミニブランシュを作ろうかしら」
「ギャウ……」
抜け毛にシンシアが夢中になったことでブラッシングの手が止まったことにブランシュは不満の意を示す。
「ああ、ごめんなさい。次は尻尾の方をやっていくわね」
「ギャウ!」
お尻から尻尾にかけてブラシを動かせば、ブランシュは気持ちよさげにゴロゴロと喉を鳴らした。
―――魔獣でもやっぱり猫科ね。
ただし、ゴロゴロと喉が鳴る音は雷かと思うくらい低く辺りに響き渡っているが。
さらに毛玉を三つほど増産したところで、デュークが戻ってきた。
「あ、おかえりなさ……い……」
シンシアの言葉が途中で途切れる。
「……貴方、何を狩ってきたの……?」
「猪の魔獣だ。最近畑の作物が台無しにされたとの報告が上がってたやつと特徴が一致するから丁度よかった」
「……そう」
デュークが抱えている猪魔獣はブランシュの1.5倍ほどの大きさがあった。真っ黒に染まっている毛は針のように鋭いし、口から大幅にはみ出ている牙はシンシアの身長程の長さがある。
よく被害が畑の作物だけで済んだな、とシンシアは思った。
非戦闘職ならば、大人でも一溜りもなさそうだ。
何も知らない者から見れば、そんな巨体を一人で倒し、片手で軽々と抱えてきたデュークの方が化け物に思えるかもしれない。
人目を憚らなければ同じことができるシンシアはそんなことは思わないが。
……ただ、この人身体強化のスキルを使ってなさそうなのよね……。
表情一つ変えず巨体を運んでくるデュークを見遣る。
身体強化のスキルを使えば、当然シンシアも同じことが出来る。ただ、素の力なら当然、イノシシどころかブランシュを一ミリ持ち上げることも不可能だろう。持ち上げるどころか、シンシアの細腕では骨が折れるかもしれない。
だが、今のデュークからは身体強化を使っている気配を感じない。素の腕力だけを使って猪を持ちあげているようだ。
ムキムキってわけでもないのに、どこにこんな力が眠ってるのかしら。
自分の主に対する謎がまた一つ深まった瞬間だった。
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