【15】公爵家の常識……こわい……
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食後、この後何をしようかとシンシアは悩む。
「シンシア様、お買い物はいかがですか? デューク様がこれで買い物をするようにとお小遣いを置いていかれましたので」
「お小遣い……本当にくれたのね。もうお小遣いをもらう年でもないのだけれど」
「十五歳が何を言ってるんですか」
テラーがクスクスと笑う。
「でも、せっかくお小遣いをもらったのに使わないのも失礼ですよね。じゃあ、午後はお買い物に行くことにします」
「承知いたしました。何をお買いになりますか?」
「ん~、洋服と本ですかね」
ブラブラと街を歩くのもいいかもしれない。
すると、次の瞬間、テラーが耳を疑うことを口にした。
「では、商人を呼びますね。今日買い物をするかもしれないということは伝えてあるのですぐに来ると思います。食後のお茶をして少々お待ちください」
「……ん?」
聞き間違いかしら。
「商人を呼ぶ? 街に買い物に行くのではなく?」
「そんな! 街に行くだなんてとんでもないですわ! シンシア様なんて一瞬で攫われてしまいます。街に行きたいのでしたら坊ちゃまがいる時にしてくださいませ」
テラーが必死に言いつのる。
「でも、私の買い物のために商人の方に来ていただくのは申し訳ないです」
「お気になさらず。公爵家としては普通のことですし、シンシア様の身の安全のことを考えれば。坊ちゃまからもシンシア様を一人で出かけさせてはいけないと言い含められておりますし。もしお出かけになるのなら護衛を五人つければ許可するとのことです」
「あの人案外過保護ね」
ただ、五人に迷惑を掛けるよりは一人の商人にご足労願う方がマシかと思い、シンシアは結局商人を呼んでもらう方を選んだ。
シンシアが食後のお茶を飲み終わるのと同時に商人は到着した。
屋敷の使用人によって応接室に大量の荷物が運び込まれるのをシンシアは遠い目をして眺める。
「シンシア様? どうかされましたか?」
「いえ……なんでもないです」
応接室のソファーに座って待っていると、最後の荷物と共に商人の男性が入室してきた。
外見は特筆すべき所のない平凡な中年男性だ。
男性が部屋の扉を閉めれば、部屋にはシンシア、テラー、そして商人の男性の三人だけとなる。
「お待たせして申し訳ございませんでした。……あれ? 人形なんて持ってきたっけなぁ」
ソファーに座るシンシアを見て商人の男は首を傾げる。シンシアのことを人形だと勘違いしたようだ。
「トニー様、こちらのシンシア様は人形ではなく人間です。生きております」
テラーが冷静に訂正すると、トニーと呼ばれた商人の男はギョッと仰け反った。
「それはそれは、失礼いたしました。あまりにも端正なお顔をされているので人形かと……」
「悪い気はしないのでお気になさらないでください」
むしろ公爵家の人間でもないのに呼びつけた自分の方が謝るべきだ。
「トニー様、シンシア様はデューク様の大切なお方なので詮索はいたしませんようお願いいたします」
「ははは、私も一応公爵家に出入りさせていただけるくらいの商人なので、それくらいは心得てますよ。信用は商人にとって何にも代えがたいものですし」
おどけて笑ってはいるが、その言葉からは商人としての確かなプライドを感じた。
「さて、時間がもったいないですし、そろそろ持ってきた商品をご披露できればと思います」
「はい、よろしくお願いします」
「本と洋服、先にどちらをご覧になりますか?」
「では、洋服をお願いします」
「かしこまりました」
柔和な声で返事をすると、トニーは手際よく箱を開封して中身をシンシアに見せやすいようにする。
「わぁ……」
「普段使いのものをとのことでしたので、ドレスは持ってきていませんが」
「十分です」
箱の中には小綺麗なワンピースから動きやすい作業服、着心地のよさそうな寝巻などが揃っていた。寝巻も可愛らしいのから無地のものまで揃っている。
華美なものばかりだったらどうしようと思っていたシンシアの心配は杞憂に終わったようだ。そのラインナップは見事にシンシアのツボをついた。
「これいいですね」
そう言ってシンシアが手に取ったのは、長袖と長ズボンに別れたオフホワイトの寝巻だ。無地ではあるが生地はいいものを使っているのかとてもスベスベで実に着心地がよさそうだった。
可愛らしい洋服はもちろん好きだが、寝巻は寝やすいものが一番だとシンシアは思っている。
シンシアの手に取った寝巻にテラーは一瞬「え゛」という顔をしたが、口は挟まないことにしたようだ。シンシアには可愛らしいデザインのものが一番似合うとは思っているが、自分の好きなものを着るのが一番だとテラーも分かっているからだ。
もちろん場に応じては相応しい格好をしてもらう必要はあるが。
洗濯をしても着られるように、シンシアはその色違いの寝巻をあと二着購入することにした。
うん、これだけでもいい買い物ができました。
フリフリワンピースの寝巻も可愛らしくてテンションは上がるのだが、なにぶん不便なのだ。布団の中でスカートが捲れて足が冷えたり、腰の下に布が集まって寝心地が悪くなったりと。
これでますます安眠ができるとシンシアはホクホクだった。
それからシンシアは部屋着を一着、デザインの気に入ったワンピースとブラウス、そしてスカートを一着ずつ購入した。
購入品を見てシンシアは呟く。
「ちょっと買いすぎかしら……」
「とんでもない! デューク様はここにある洋服全て買えるくらいのお小遣いは置いていかれましたからまだまだ買っても問題ございませんよ?」
「それもうお小遣いじゃないじゃない。あの人はどこの親バカよ……」
「うふふ、デューク様はシンシア様のことをとてもかわいがっておられますからね」
「ああ、ペットのグッズにはお財布の紐が緩くなる例の現象ですね……」
それならば納得だ。
ただ、人生三回分も庶民な根っからの庶民であるシンシアはこれ以上の散財をしようとは思わなかった。
「はは、お買い物は無理にたくさんのものを買うよりもこれだ! と思ったものを買うのが一番ですよ。私共もその方が嬉しいですし」
そう言ってたくさんの商品の押し売りはしないあたり、トニーが一流の商人なんだということが感じられる。
それからシンシアが気になる本を選び、お会計を終えると、トニーは早々に帰って行った。
「シンシア様、この後はどうされますか?」
「今買った本を読むことにします。部屋で一人で大人しくしているので、テラーさんもゆっくりなさってください」
「ふふ、ではお言葉に甘えさせていただきます」
二人で部屋に戻り、そこで別れた。
シンシアは部屋のソファーに腰かけ、ゆったりと本の表紙開いた。
***
ちょうど本を一冊読み終わった頃、部屋の扉が開かれた。
デュークが帰ってきたのだろうと、シンシアは顔を上げる。入ってきたのはデュークだったのだが、その姿を見た瞬間シンシアはギョッとした。
なにせ、初めて会った時のように血塗れだったのだ。
「貴方……どうして血塗れなの?」
「ちょっとな」
「はぐらかされるのが一番怖いんだけど」
シンシアの言葉に片眉を上げると、デュークはバスルームへ向かって行った。
一人呆然と残されたシンシアがボソリと呟く。
「休日の方が血生臭いってどういうことよ……」
ボケーっと待っていると、髪の毛を濡らしたデュークが肩にタオルを引っかけて戻ってきた。
そのまま流れるようにシンシアに引っ付く。
「……今日は、どうだった?」
「あ、お小遣いありがとう。おかげでいい買い物ができたわ」
「よかった。何を買ったんだ?」
デュークに聞かれてシンシアは購入品を披露した。
「―――他は?」
「他?」
他と言われても、購入品はこれで全部なのだが。
変な間が二人を包む。
「あ、そうだ、お小遣い大分余っちゃったから返すわね」
「いや、それはいい。それより、これだけしか買ってないのか?」
「え、うん」
首肯すると、驚いたのかデュークが目を見開いた。
「遠慮し過ぎだ。清貧はいいことだが行き過ぎるとよくないぞ」
「せいひん……」
庶民としては結構買った方なのだが。しかも公爵家御用達の商人が持ってくる品物だけあってお値段はかわいくない。
「貴方、根っからの貴族なのね」
「?」
デュークが首を傾げた。自分の価値観が庶民と大幅に異なっていることなど思ってもいないのだろう。
ふぅ、とソファーの背凭れに体重を預ける。
休日だったのにドッと疲れたような気がする。
とにかく、常識の違いに驚かされた一日だった。
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