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【14】休みの日




 風呂に入ってブランシュの涎や汚れを洗い流し、服を着替えて脱衣所を出る。


「ふぅ、すっきりしたわ」

「そうか」


 シンシアが脱衣所を出ると、別の部屋で風呂を済ませてきたデュークがバスタオルを広げて待ち構えていた。髪を乾かすくらいはシンシアも自分でできるのだが、デュークの密かな楽しみのようなので毎日髪の毛は乾かしてもらっている。そっちの方がシンシアも楽だからだ。

 このままでは本当にダメ人間になるとは分かっていても、このぬるま湯から自力で脱出することは難しい。


 デュークはしっかりとシンシアの髪を乾かすと、その銀糸に指を通した。


「サラサラ……」

「……あなたが私の髪を乾かすのが好きな理由が分かった気がするわ」


 なんとなくだが、今の呟きでシンシアには察するものがあった。

 存外動物好きらしいこの男は、他のペットと同じようにシンシアの毛並みも良い状態で維持しようとしているのだろう。つまりはペット扱いだ。

 シンシアとしては全く問題はないが。


 髪を乾かし、食事をすればあとは寝るだけだ。


「明日は休みだ」


 次の日の準備をするシンシアに、デュークは極々簡潔に用件を伝えた。


「騎士団の仕事が休みということ?」

「ああ」


 シンシアも主の意を汲み取るのが大分上手くなったものだ。

 心の中で自画自賛していると、思いもよらぬことを言われた。


「明日は自由行動だ。俺は一人で外出するから、お前も好きなことをするといい」

「え?」


 この人休みはどんなことして過ごすんだろう……と思っていると、デュークから思いもよらぬ言葉が飛び出した。


「え? 一人?」

「ああ、お前は俺にくっついているのが仕事だろう。たまには休みがないとな」

「休み……」


 シンシアに仕事をしている自覚はなかったので、休みをもらえるということに違和感を覚える。


「デューク、一人で大丈夫なの?」

「お前が来る前はいつも一人だった。問題ない」

「そうやって聞くとちょっと可哀想ね……」


 多分本当に一人で過ごすことが大半だったデュークに同情を覚えたが、当の本人は特に気にしてなさそうだ。


「あなた、休みの日はいつも何してるの?」


 シンシアがそう聞くと、デュークは考えるように少し上を向いた。


「……散歩?」

「なんで疑問形なの?」

「散歩だ。ちょっと遠くまで行くからお前は連れて行けない。死にそうだからな」

「私散歩で死ぬほど柔じゃないけれど」


 シンシアが反論してもデュークは片眉を上げるのみだった。

 ―――この人、私をどんな弱小小動物だと思ってるのかしら。あ、でも「無効化」以外身を護るスキルを持ってるのは言ってないものね。

 幽閉されていた理由からしても、スキルを使えることはあまり知られない方がいいと思って黙っている。


「お前は急激な環境の変化ですぐに死にそうだ。家で好きなことをしていろ。給料とは別に小遣いを置いていくから、買い物がしたかったら好きなものを買え」

「……私の事を子どもだと勘違いしてない?」


 デュークとシンシアは五歳の差があるが、子ども扱いされるほどではない。

 少しむっとしつつも、シンシアはありがたくお小遣いを受け取ることにした。お金はあるに越したことはない。


「年下とまともに接するのは初めてだから、気に障ったのなら謝る。許せ」

「別に、謝るほどじゃないわ。……お小遣い、ありがとう」


 シンシアが礼を言うと、デュークはほんの少しだけ口角を上げた。


「ところで、お前は年の割に大人びた話し方をするな」

「う……。変えた方がいい?」

「いや、別にいいんじゃないか?」


 得に興味もなさそうにそう返すデューク。

 人生四回目だから、もちろんシンシアの精神年齢はそれなりだ。だが、十五歳であまり大人びた話し方をするのも違和感があるだろう。

 そもそも、この話し方も必要に駆られて前世で矯正したものだ。


 ……もう少し、砕けた話し方にしよう。……できたら。

 怪しまれる要素はないに越したことはない。もう少し年相応の話し方をしてみようとシンシアは思った。


「じゃあそろそろ寝るか」

「ええ」


 デュークはヒョイっとシンシアを持ち上げるとベッドに乗り上げ、抱き枕よろしくシンシアを抱き込んだ。


「おやすみ」

「おやすみなさい」




***





 次の日、シンシアが起きると既にデュークはいなくなっていた。


 ……なんか、違和感……。

 最近で慣れ親しんだ体温が側にないことに変な違和感を覚える。

 もちろん身支度も整っていない。


「……二度寝しよ……」

「あ、シンシア様おはようございます」


 シンシアが二度寝を決め込もうとしたところでテラーが部屋に突入してきた。


「はいはい、二度寝もいいですけどお昼過ぎてるので一先ずごはんを食べましょうね~」

「はい。じゃあ歯を磨いてきます」


 シンシアはペタペタと洗面所向かい、自分で歯を磨く。朝自分で歯を磨くのは久々だ。

 そして、テラーがシンシアの朝食兼昼食を持ってきた。


「いただきます」

「召し上がれ」


 とりあえずシンシアはスープで喉を潤す。


「―――ところで、デュークはどこに行ったんですか?」

「ああ、坊ちゃまなら休日は毎回フラフラとどこかに行ってますね。北の大地とか、魔獣の森とか、灼熱の砂漠とか、人気のない変な場所に行くのがお好きなようです」

「あの人、結構めんどくさがりだと思ってたけど休日はそんなことしてたのね……」

「ええ、たまにお土産とばかりに魔獣を手懐けて帰ってきますよ」

「とんでもないお土産ね」


 公爵家レベルでなければ持て余すお土産だろう。食費だってバカにならない。


「デュークは何頭の魔獣を飼ってるんですか?」

「さあ」

「さあ?」

「私共は中々あの小屋には近づかないので知らないんです。あそこにいる数と種類を知っているのは世話係の者と坊ちゃまくらいでしょうね」

「そうなんですか」


 折角あんな巨大なモフモフがいるのにもったいないとシンシアは思う。時間がなくてブランシュにしか構えなかったが、あの場にはブラン以外にも何頭かモフモフが見受けられた。

 ぜひまた行きたいものだ。

 シンシアのそんな内心を見透かしたのか、テラーが苦笑する。


「あの魔獣達をただのモフモフだと思って接するのは坊ちゃまとシンシア様くらいですよ」

「そうですかね? モフモフ狂いは結構いますよ?」

「ふふ、モフモフ狂いでも自分の命は惜しいですわ。あくまであの子達が従うのは坊ちゃまだけですし。もし怒らせたら騎士でもない一般人などひとたまりもありません」


 そう言ってテラーが笑う。

 それもそうか。

 以前の生では神童と呼ばれ続けたシンシアはスキルを使えばSランクの魔獣でも御すことができる。襲われても大丈夫だという自信があるがゆえにブランシュを存分にモフれたのだ。真にテラーと同じ立場というわけではない。

 まあ、最悪敵わなくても死期が少し早くなるだけだと思っているからかもしれない。


「とりあえず、御身は大切にしてくださいね。昨日ボロボロで帰っていらした時テラーは肝を冷やしましたから」

「それは……ご心配をおかけしまして……」


 ペコリと頭を下げる。

 だがシンシアはモフモフと触れ合うのを止めるつもりはなかった。隙あらば小屋に行ってモフり倒してやるつもりだ。


 そんなことを考えていると昨日触ったばかりのブランシュの毛皮が恋しくなった。


「今からブランシュに会いに行くのは……?」

「いえ、それはさすがに……。坊ちゃまがいないと危険ですから」


 予想はしていたがダメだった。


「……」


 ここのところは朝から晩までデュークとべったりだからか、なんとなく人の体温が恋しい。つまりは物寂しいのだ。

 とりあえずスープで体を温めようとしたが、皿の中はすでに空だった。

 シンシアは、無言でテラーに向けて両手を広げる。


「……テラーさん、だっこしますか?」

「まあっ!」


 その後、テラーにぎゅうぎゅうと抱き締められてシンシアはご満悦だった。










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