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【12】朝は天敵




 今日も寝過ごしてしまったとシンシアは反省する。

 時計を見ると時刻は丁度正午。昼時だ。

 室内には運ばれてきた昼食から漂ういい匂いが充満している。威圧が抑えられるようになった今もこうして食堂から食事を運んできてもらっているのだ。理由は初日に食事風景を見たヘルメスが「他の騎士の教育に悪いからこれまで通り部屋で食え」と言ったことだ。


 他の騎士の教育に悪いとは……? とデュークは首を傾げたものの、そちらの方が都合がいいため異論は口にしなかった。例え食堂に出向いて食べろと言われても抵抗はしなかっただろうが。

 そんなわけで、ついでにシンシアの分の食事もなぜかついでに食堂の人が運んできてくれる。

 もはやメイドの職務とは……? という感じだが、デュークは自分にくっついていることがシンシアの仕事だと思っているので、シンシアに対して本来メイドがするような仕事は求めていない。


 もぞもぞとデュークの太ももから頭を起こすと、紫紺と目が合った。


「おはよう」

「……おはようございます。今日も寝坊してしまってごめんなさい」

「気にしてない」


 ぽんと頭を撫で、そのままシンシアの頭に手を乗せる。理由はシンシアが起き上がったことで接触している箇所がなくなったからだ。


「……」


 別にキュンとしたわけでもなかったが、本当に残念な男だなとシンシアは思う。もしその思考が透けて見えなかったらただの優しい男なのに。いや、それでも頭に手を乗せ続けるのは謎だが。

 頭に乗っている手をどけ、シンシアはのっしのっしとデュークの膝の上に乗りあげる。そしてしっかりと筋肉のついた胸を背もたれにすれば超効率的食事スタイルの完成だ。


 自分は全く問題ないが、デュークは絶対に食べ辛いだろうとシンシアは思う。だが、その予想に反してデュークはシンシアを膝に乗せていることなど全く感じさせないくらい器用に食事をする。カトラリーや、口に運ぶ最中の食べ物すらも落としたことがないのだ。


 普通に食事ができているのなら、シンシアはこの体勢に異議はなかった。


「どうすればちゃんと早起きできるかしら」


 今世では少し不自由な代わりに早起きをする必要などなかったため、どうすれば朝起きられるのかがシンシアには分からなかった。


「……無理はしなくていい。俺ももう起こしてない」

「え、起こしてなかったの?」


 流石に一言くらいは声を掛けてくれているだろうと思っていたので少し驚く。どうせちょっとやそっと声を掛けられたくらいでは起きられないのだが。


「必要な時は起こす。安心しろ」

「そう」


 ……ん? 今その起こし方について話てたんじゃなかったっけ? ……まあいいか。


 とりあえず、デュークに起こされた時は頑張って起きようとシンシアは心に刻んだ。



 そのまま食事をしていると、コンコンとノックの音がしてヘルメスが入室してきた。そして室内の二人の姿を認めた瞬間、ヘルメスの顔が歪む。


「相変わらずイチャイチャしやがって。独り者に見せつけてんのか」


 ヘルメスは未だに独身だ。

 ヘルメスのこの文句は毎度のことなので、二人は当然のように受け流す。

 デュークは視線で「何の用だ」とヘルメスに尋ねる。


「お前……せっかく話しても大丈夫になったんだからこの場でくらい声出せよ。騎士団内であまり喋るなって言った俺が言えたことじゃないかもしれないが……」

「本題を話せ」


 これでも育ちのいいデュークはカトラリーを置き、しっかりと食事を中断してヘルメスの話を聞く態勢を整えた。

 一方、今世では躾けなど一切されずに育ったシンシアはむしゃむしゃと食事を続けている。前世までに培ったマナーなど全て忘れた。

 そんな二人を見てヘルメスは首の後ろを掻く。


「あ~、この時間に押しかけたのは俺だからな、デュークも食べながら聞いてくれ」

「分かった」


 再びカチャカチャと二人分のカトラリーの音がし出すと、ヘルメスはようやく本題を切り出した。


「お前を連れた実戦経験がないといざという時に上手く連携ができないだろうから、とりあえずちょっとした遠征訓練を行うことにした」

「ああ」


 あ、一応お客さんが来ているのだからお茶くらい出さないと失礼ね。

 シンシアはデュークの膝から下りると、その腕を掴んだまま棚からカップを取り出した。二人っきりならここまでする必要はないのだが、今はヘルメスがいるため「威圧」を発動させるわけにはいかない。

 まだ温かい紅茶をティーポットから注ぎ、ヘルメスの前に差し出した。


「お、気を遣わせて悪い。ありがとな」

「どういたしまして」


 紅茶を出すと、シンシアはまたポスンとデュークの膝に座る。

 ヘルメスはまた何か言いたげに口を開いたが、結局は何も言わず本題に戻った。


「―――それで、嬢ちゃんは野宿とかできるか?」

「へ?」


 急に話題が自分のことになったのでシンシアは一瞬呆けた。シンシアが紅茶を入れている間もヘルメスとデュークは話を進めていたのだが、自分には関係ないとシンシアは聞き流していたのだ。


「のじゅく……」

「あ、まず野宿って何か知ってるか? 外で寝泊まりすることなんだが」

「それくらいの知識は一応あります」

「逆にそれくらいの知識しかないんだな。よく分かった」


 野宿どころかむしろこの前初めて外に出たのだが、そこは黙っておく。


「デュークを演習に連れて行こうとしたら嬢ちゃんもつれていかなきゃならねぇだろ? だが、野宿なんかしたら嬢ちゃん死んじまいそうだよなぁ……」


 デュークもコクリと頷いてヘルメスの言葉に賛成する。

 ……私は一体なんだと思われてるのかしら。

 数日野宿したくらいで死ぬほどやわではないつもりだが、周りからはそうは見えないらしい。


「……今回の演習、俺は不参加―――」

「バカ! お前がいなきゃ意味ねぇだろ!」

「……」


 ヘルメスに怒られ、デュークは一度閉口する。しかしデュークは諦めなかった。


「これに野宿は無理だ。朝も起きられない」

「いや早起きは頑張れよ」


 もっともな指摘だ。

 そしてヘルメスは暫し腕を組んで考え込んだ後、結論を出した。


「しかたねぇ、今回は嬢ちゃんのもんに関しては無制限に物資の持ち込みを許可する。お前のペットも一匹までなら同行を許可するから、そいつに荷運びを手伝ってもらってもいい」

「……了解」


 ヘルメスの譲歩に、デュークも今回は拒否をしなかった。


 ペットなんか飼ってたのね。

 シンシアはこう見えても動物好きなので、少し演習が楽しみになった。できればモフモフだと尚良しだ。

 気分が向上したシンシアの横顔をジッとデュークが見つめる。


「……どうした。急に機嫌がよくなった」

「だって、動物と会えるっていうから」

「なんだ、動物好きだったのか。じゃあ家に帰ったら会わせてやる。いっぱいいるから」

「ほんと!?」


 一匹だけかと思ったらいっぱいいるらしい。流石公爵家。お金持ち。ペットも好きなだけ飼えるのだろう。

 どんな動物がいるんだろう、とウキウキする自分をヘルメスがなぜか可哀想な目で見ていたことにシンシアは気付かなかった。


「……まあ、健闘を祈る」

「?」


 掛ける言葉がおかしい気がしたが、シンシアはそんなことよりもまだ見ぬ動物達で頭がいっぱいだった。



「とりあえず話は纏まったな。休み明けに演習行くから二人とも準備しておけよ」

「はい」

「ああ」


 そう言って紅茶を飲み干したヘルメスは部屋を出て行こうとする。そしてドアノブに手をかけようとした時、ハッと何かを思い出したのか振り返った。


「そうだ、今度のは実戦訓練だから寝たままだと流石に危険だ。早起きの練習はしておくように」

「え」


 ヘルメスはそれだけ言うと、返事も聞かずに帰っていった。


 ―――早起きって、野宿よりも難しいのでは……?


 先程は必要な時だけ起きればいいという話になっていたが、必要な時は思ったよりも早くやってきたようだ。


 この瞬間、シンシアの中で騎士団長は厳しい人に分類された。









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