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【10】もしかしてすごい人……?

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「―――あの、ディアス卿、もしよければ剣術の指南をしていただけませんか?」


 一人の勇者がおずおずとデュークに話しかけた。


「いいぞ」

「!」


 あっさりとデュークは申し出を受け入れる。

 この時、シンシアは口頭で剣の指導をするものだと思っていた。実際、指南を頼んだ騎士もそのつもりであっただろう。

 剣のことなど何も知らないシンシアは、デュークが剣術の指導をしている間は暇だな、などと思っていたが、そんなシンシアをデュークが再び抱き上げた。


「?」


 なぜ今自分を抱き上げるのかシンシアは疑問に思う。

 そして、片腕にシンシアを座らせたデュークはおもむろに訓練用の木剣を手に取った。


「え? どうして剣を持ったの?」

「? 剣を持たなきゃ指導などできんだろう」


 この場で正常な思考をしているのはシンシアのはずだ。だが、デュークは「何言ってんだこいつ」という目でシンシアを見ている。


「解せない……」


 むぅ、とシンシアはいとも簡単にへそを曲げた。

 くしゃっとシワが寄せられたシンシアの眉間をデュークが優しく撫でる。木剣は地面に突き立てられていた。

 よしよしと何度か眉間を撫でられたシンシアはきょとんとして元の表情に戻る。

 シンシアの顔が通常状態になるとデュークはうん、と一つ頷いた。


「せっかく整った顔だから、歪むと勿体ないぞ」

「!!」


 まさかデュークにそんなことを言われるとは思わずシンシアは硬直した。

 近くでそのやり取りを聞いていたヘルメスがおそるおそるデュークに尋ねる。


「……お前、それ狙ってないのか?」

「何がだ」

「マジか」


 本当に素の発言だったようだ。

 思ったことをそのまま口にするデュークはデリカシーのない発言も度々みられるが、それゆえに褒め言葉も恥ずかしがらず口にする。


「お前顔もいいから案外モテるかもな。……いや、デリカシーなし発言でプラマイゼロか」


 ヘルメスの若干失礼な発言を聞き流し、デュークは地面から木剣を抜く。


「指南をしてほしい者はかかってこい」

「「「はい!!」」」


 訓練場の中心に歩いて行くデュークの後をゾロゾロと騎士達がついて行く。

 この人、年齢的には若手なのにどうしてこんなに偉そうなのかしら。公爵家の子息だから?

 デュークの態度にも、周囲のデュークを尊敬するような眼差しにもシンシアは疑問を覚える。なにせシンシアはデュークの功績など何も知らないのだ。

 こんな偉そうな態度でデュークが反感を買わないかシンシアは内心ヒヤヒヤだ。


 騎士達から少し距離を取って向かい合うと、デュークは片手で木剣を構える。


「誰からでもいいからかかってこい。シンシア(これ)を狙ってもいい」

「よくないけれど?」


 シンシアは反射的に抗議した。女性を大切にすることが美徳とされる騎士にはあるまじき発言だ。


「……」


 対人戦や理性のない魔獣相手だとシンシアが狙われることもあるから、シンシアを狙わないという縛りの下での訓練は意味がない。

 ―――ということをデュークは視線でシンシアに訴えた。説明をするのが面倒だったのだ。

 もちろんシンシアには微塵も伝わっていない。


「―――というわけだ」

「どういうわけ?」

「……俺のメイドなら察せ」

「大分暴論ね」


 勝手に説明した気になったデュークは訓練を始めようとする。

 シンシアはデュークに説明を求めることは諦め、とりあえず現状を受け入れることにした。もし自分に害が及びそうになったらこっそりスキルで防ぐつもりだ。

 痛いのは嫌だもの。



「何をしてる。来い」


 中々かかってこない騎士にデュークが痺れを切らす。


「はい! お願いします!」


 一人の騎士が剣を振りかぶってくる。

 やはり騎士として女性は狙いづらいのか、シンシアのいない側から攻めてきた。


 カンッカンッと、二、三度剣を打ち合う


 ガキィンッ!!


 数度打ち合った後、デュークは相手をしていた騎士を弾き飛ばした。

 弾き飛ばされた騎士は木剣こそ手放さなかったものの尻餅をつく。片腕のデュークにここまであっさりと負けたことが信じられないようで、木剣を持った自分の手を見ながら呆然としている。


 尻餅をついた騎士を見下ろしたデュークはボソリと呟いた。


「……打ち込みが弱い」

「へ?」


 それだけ言うと、デュークは次の騎士の相手をしようと踵を返してしまう。

 あまりにも言葉足らずなアドバイスにシンシアはギョッとした。


「それだけじゃあ伝わらないでしょう。もうちょっとちゃんとアドバイスしてあげたら?」

「……もっと鍛錬しろ」


 ……めんどくさがりにも程があるわねこの男。

 シンシアも大概だが、ここまでひどくはないつもりだ。少なくともシンシアは話すことをめんどくさがったりはしない。

 シンシアは剣術に関しては完全に門外漢なのでアドバイスはできないが、自分なりにデュークの言葉を補完することにした。


「打ち込みの力が少し弱かったから、筋力トレーニングとか、もうちょっとその辺を重点的に鍛えてみたらどうでしょうと言ってるようです」

「あ、ありがとうございます。……通訳」

「いえ」


 同じ言語を話しているのに通訳が必要ってどういうことなのかしら。

 礼を言った騎士も、言われたシンシアもなんとなく奇妙な気分だった。

 シンシア達の一連のやりとりを見届けると、デュークは今度こそ踵を返した。


「次」

「……あ、次は自分お願いします!!」


 一瞬の沈黙の後、並んでいた一人の騎士が前に出た。

 デュークが多少変わった人間だとしても、デュークに訓練をつけてもらいたい騎士は大勢いる。なにぜ、デュークの残した数々の功績から、彼を尊敬する者は年下だけでなく、年上の騎士にもに多い。一種の英雄のようなポジションにいるのだ。

 あれ? もしかしてこの人、結構すごい人なの……?

 デュークに訓練を申し込む人があまりにも多いので、シンシアはようやく、デュークはもしかしたらすごい人なのかもしれないと思い始めた。


 天才って変人が多いっていうものね。もしかしたらデュークもその類いなのかもしれない。カンカンと木剣同士が当たる軽快な音を聞きながら、シンシアはそんなことを思った。


 それからボーっとデュークにしがみつき、適度に通訳をしているうちにその日の訓練は終わっていた。




***




「テラーさんテラーさん、もしかしてこの人は結構すごい人だったりするんですか?」


 訓練場で少し気になったことをテラーに尋ねる。もちろんこの場にはデュークも同伴しているが、本人に聞いても満足な答えが得られないだろうという判断だ。


「ええ! 坊ちゃまはそれはもうすごい功績をお残しになっている騎士なんですよ!」


 主を自慢できるチャンスが回ってきたことにテラーのテンションが一気に上がる。


「通常は騎士数十人で相手をするSランクの魔獣をお一人で下したことが数回あるというだけでも歴史的な快挙ですが、その強力なスキルも尊敬される由縁ですわね」

「『威圧』のスキルのことかしら。私はてっきり怖がられているのかと思っていたわ」

「まあ坊ちゃまの威圧を浴びたら当然恐怖は感じますけどね。でも、威圧を浴びせるだけで弱い魔獣なら倒せてしまう坊ちゃまは騎士や冒険者からすれば大層かっこよく見えるようですよ。この通り若くして威厳もたっぷりですし」


 テラーの言葉を受けて、シンシアはチラリと隣にいるデュークを見遣る。

 確かに寡黙だし、身長は高く顔は整っている。そして無効化されていなければ離れていても若干感じる威圧感。威厳を覚えるには十分すぎる条件が揃っているだろう。

 ……本性がバレなければ、だが。


「確かに黙っていれば威厳はたっぷりですね。でもこの人、口を開くと割と残念じゃないです?」

「そうなんです。恥ずかしながらこのテラーも坊ちゃまときちんと言葉を交わしたのはシンシア様が来てからが初めてでして。……その、若干デリカシーが欠けることは今まで知りもしませんでした」


 言いづらそうなテラー。

 もちろんこの会話はデュークにもバッチリと聞こえている。

 当の本人は失礼なことを言われているとは分かっているが、特に気にしてはいなかった。

 大人しく会話を聞いていたデュークは、そういえば、とあることを思い出す。


「……団長にもお前はなるべく人前で口を開かない方がいいかもしれないと言われた」

「「やっぱり」」


 テラーとシンシアの声が揃う。

 騎士団の有名人の一人であるデュークのイメージを崩さないためにも団長の判断は間違っていないと言えよう。


 元々話すことを面倒くさがる節のあったデュークとしては、騎士団長の忠告に逆らう理由はなかった。

 











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