8話
謎の男と二人で歩いていると、たくさんの町人が集まってきた。握手を求めたり、涙を流しながら拝む年寄りもいた。この男は人気者と言うより、英雄に近い存在らしい。
「この先に会員制の飲み屋がある。そこで話そう」
そう言うと同時、男は風になった。羽根のように体が軽く、重力を感じさせない特殊な走り。
速いなんてもんじゃない。
姿を見失うと男の残り香を頼りに全神経を集中して探した。
「遅いっ! 時間を無駄にするな」
「はぁ……はぁ……ぁ」
化け物か、コイツ。こんなに走って、息切れすらしていない。
店先に小さな妖精が三匹飛び回っていた。僕等を品定めしている。男は、無視して店の中に入った。店内は、コンサートホール並の広さがあり。外からは想像出来ない客の多さと活気に満ちている。
「違和感あるだろ? この広さ。これが、魔法。お前たちの世界にはないよな。この世界には、魔法を扱える奴等がいる。この店の主もそう。みんな隠れて、こうやって生活してる」
「隠れて?」
「あぁ……。この国では、王の命令で魔法が全面的に禁止されてる。…………まぁ、こんなくだらない話はこれぐらいにしよう。ここからが、本題だ」
「…………………」
「お前と一緒にいた女だが、実はこっち側の世界の住人なんだよ。女は、あの穴から逃げた。お前も知っての通り、あの穴はこっちの世界とお前達の世界を繋いでいる」
「サラは、どうして僕達の世界に来た?」
「奴隷としての生活に耐えられなかったからだろう」
「っ!?」
「サラは、身売りされた奴隷だ。この世界の最底辺の人間。まぁ今は、城で働いているが……。一生こき使われても借金は返済出来ないだろうな」
「………助ける。必ず」
黒い感情が体を支配する。
「無理無理。その前に、お前は死ぬから。あの時はかなり手加減してやったが、次は本気でお前を殺る。まぁ………でも、そんなお前にもあの女を救うチャンスがない訳じゃない。それが、これから話す俺との取引だ」
「…………」
「俺は、この世界の治安を守っているんだが、現在、深刻な人手不足でな。犯罪者が、町に溢れてて困ってる。お前は賞金首である奴らを捕らえ、俺に売り、あの女の借金を返済してもらう。借金を完済出来たら、サラを返してやる。どうだ? かなり厳しい条件だが、不可能ではないはず。一つ言っておくが、向こうの世界の紙幣はこっちでは紙くずと変わらない。換金は一切出来ないからな」
「…………分かった。やるよ」
「よし! もし今断っていたら、この場で殺していた。あの穴が閉じたらゲームオーバー。いつ閉じるかは、俺含め誰にも分からない。帰れなくなって困るのは、お前だからな」
………………………。
………………。
…………。
男が消えた店内で、一口も飲んでいなかったミルクをイッキ飲みした。
やるよ。
そして必ず、サラを取り戻す。