4話
揺れる白いカーテンを見ながら、僕は思い出していた。謎の男の隣で泣いていたサラの姿を。
彼女の泣き顔を見たのは、あれが初めてだった。
下半身に違和感があり、足元を見ると僕の体をニヤニヤしながら触診している闇医者がいた。かなりのマッチョで、白衣が破けそうだ。
「うぇへ。うぇへ。良い体ぁ……。好きィ」
「あ、えっ……と。ありがとうございます。助けてくれて」
「ん? うんうん。礼なら、あの女に言いなぁ。金が入った大きな袋を持ってきてさぁ、アンタを助けてくれって、何度も何度も私に頭を下げてた。正直、あと一時間ここに来るのが遅かったら、死んでたよ」
病室の隅っこで、今も借りてきた猫のようにこちらの様子をチラチラ伺っている。
「エム」
「お前が死んだら嫌だから……。だから、助けた。それだけッ!!」
「ありがとう、ほんとに」
しばらくして、闇医者が病室を出ていくと部屋には僕とエムだけになった。小さな窓からは、小鳥のさえずり。春の訪れ。
「何があった? お前をこんなに痛め付けた奴は誰? 私が、殺してきてやるよ。今週、暇だからさぁ」
久しぶりに見るエムの真剣な顔。殺気で部屋がピキピキ悲鳴をあげている。
僕は、包み隠さずあの出来事を全てエムに話した。
「その謎の男って、何者?」
「分からない。退院したら、手がかりを探して……。奴を殺す。そしてサラを取り戻す」
「やめときな。死ぬよ、絶対。ただでさえ、右目潰されて戦力半減なのに。半死人のお前が敵う相手じゃないだろ」
エムは、乱暴にベッドに乗ると息がかかるほど僕に顔を近づける。上気した顔。潤んだ瞳。左のほっぺにキスまでされた。
「私には、お前が必要なんだ。あんな女のこと、忘れちまえ」
甘えた猫のように僕の体にすり寄ってくる。
「…………私じゃ、ダメ? お前が望むことなら何でもしてあげる」
耳を甘噛された。スルスルと上着を脱いだエムの白く柔らかそうな乳房に目を奪われつつ、それでも僕はエムを優しく引き離した。
「ありがとう。でも、ごめん。僕……」
「私に恥をかかせるつもり?」
殺し屋の目に戻ったエムは、両手で僕の頭を鷲づかみにした。変異させた手からは、狂暴な圧を感じる。
死の予感。
「ごめん」
エムの顔をしっかりと見据える。
「……………」
ベッドから飛び降りたエムは、そのまま病室を出ていってしまった。数分後。病室のベッドで横になっていると、外から大声がした。
「こんっっの、バカァアァアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!」
笑いながら、ゆっくりと目を閉じた。