3話
午後六時。やっと今日一日の仕事が終わった。正直、殺しの仕事よりキツいなぁ……と最近思い始めている。肩こりが半端ない。愚痴をこぼしながらの帰宅途中、偶然アパートの大家さんと商店街で会った。
「今、帰り? お疲れ様」
「はい。かなり疲れましたぁ」
「ハハハ、だらしないねぇ。そんなに若いのに。もっとパワフルに生きなきゃダメだよ!」
「は…い……。気を付けます」
大家と別れ、再び歩き出した僕の耳に大家の独り言が響いた。
「部屋の電気が消えてたから、二人でデートかと思ったのに……」
「っ!?」
嫌な予感。胸騒ぎ。
飛ぶように走り、アパートに帰る。
「ぁ……はぁ…」
確かに部屋の電気が消えている。部屋に入ると嗅いだことのない蜜の香りがした。
暗い部屋に知らない男がいる。気を失っているサラを抱き抱えていた。
「お前、何してる。今すぐ離せ」
黒スーツ姿の男は、こちらを見ても顔色一つ変えない。直感的に相手の強さが分かり、身構える。
「そこをどけ。邪魔だよ、お前」
「……………」
サラを傷つけないよう、周りの闇に紛れて相手の背後に回る。手刀で男の首をはねようとすると、人差し指だけで攻撃を防がれた。女のように細く綺麗な指先。それなのに鋼鉄のような固さ。男は相変わらず、こちらに興味を示さない。
「ふぁあぁ~………眠っ」
感動的な強さ。殺し屋をやっていた時にもこのレベルは、なかなかいなかった。
一瞬の動揺。それを見逃す相手ではなく、気づくと僕は床と激しくキスをしていた。回し蹴り+腹を三発殴られた。
「ぐっ……」
奥歯と鼻骨。おまけに肋骨を二本折られた。止まらない鼻血。ダメージの残る体を無理やり動かし、何とか立ち上がった。
玄関前に立つ。その男の隣で、気がついたサラが、ぼろ雑巾のような僕を見ている。
「行く…な……」
「要さん。さようなら。楽しかったです」
最後の力を振り絞り、相手に迫る。
勝算なんてない。それでもこの黒い衝動は、止まらない。男が投げた銀製のペンが十本以上飛んできて、体を穴だらけにされた。右目にも深く刺さった………。
「ふ~ん。致命傷になる臓器を避けたか……。こっちの人間にしては、良い反応してるな」
二人が出ていく姿を見て、頬を血ではない、別の何かが流れているのを感じた。
サラ……。
ごめん。
守れな…く……て………。