高嶺の花の白浜さんが、俺の耳をいじってくる。
──毎週金曜日。
俺と白浜さんは図書委員として、少し遅くまで残っていた。
白浜さんはカウンターで横に座って、じっと文庫本を読んでいる。
そっと、その様子を盗み見る。
精巧な人形みたいに整った顔立ち、絹のようにさらさらとした髪、ほっそりとした白い肌。それでいて、出ているところは出ているスタイルの良さ。
可愛いというよりは、美人だ。とても高校生には見えないくらいに大人びて、綺麗な顔立ちをしている。校内でも、彼女はかなり知られた人だ。告白が玉砕したという話もよく聞く。
要するに、高嶺の花なのだ。
今、この瞬間に隣に座れているだけでも、役得だと言われるだろう。俺もそう思う。
けれどそれだけじゃない。
俺は、みんなが知らない白浜さんを知っている。
図書室は静かだ。何人か残っている生徒はいるが、もう時間も遅い。静かに本を読んでいた生徒も、借りる本を物色して、貸し出し手続きをしてから帰って行く。
外も夕焼け色に染まってきた。
……そわそわしてくる。
やがて、チャイムが鳴った。
「片付けよっか。上木くん」
「……うん」
白浜さんが言って、文庫本を閉じた。俺と白浜さんで、図書室に残っている人がいないか、忘れ物がないか、見回りに向かう。
特に問題はなさそうだ。
「大丈夫かな」
「そうだね」
本日も無事、トラブルもなく委員の仕事を遂行できた。
俺は少しずれていた机と椅子を直し、カウンターへ戻る。
白浜さんがリュックを渡してくれる。
「はい、リュック」
「ありがとう……じゃあ、鍵返してくる」
「うん、下駄箱で待ってるね」
リュックを背負う。図書室の電気を消して、鍵を掛けた後、鍵は職員室まで返しに行く。
白浜さんは下駄箱の前で、俺を待っていた。
「いつもありがと」
「え?」
「鍵。職員室までちょっと遠いでしょ」
「いや、いいよ。そんなに手間じゃないから」
「そっか、ありがと」
白浜さんは笑って、靴を履き替え始めた。俺も靴を履き替える。
もう、この時点で、結構心臓がばくばくしてくる。
これからのことを考えると避けられない。
いつもそうだ。
毎週金曜日、図書委員の仕事の後、俺たちは一緒に帰ることになっている。
「じゃあ──私の部屋に行こっか」
しかも、白浜さんの部屋に行くことになっている。
これはもう、役得だとかどうだとか、そういうレベルじゃない。未だに信じられないくらいだ。俺が女子の部屋、しかも、白浜さんの部屋に行くなんて。夢でも見てるんじゃないか。
でも夢ではないのだ。
白浜さんが悪戯っぽく微笑んで、俺の耳元で囁いた。
「お礼に、いーっぱい気持ちよくしてあげる」
毎週俺は、高嶺の花の白浜さんに、耳をいじられている。
◇◇◇◇◇
始まりは、初めて白浜さんと図書委員の仕事をしたときの事。
「ねえ、上木くん」
夕方頃の人が減る時間帯。
文庫本を読んでいた白浜さんが不意に話しかけてきた。
「は、はい」
突然のことに声が上ずる。
白浜さんはとてもクールな人で、滅多に他人へ話しかけない。いつもは物憂げな表情で外を眺めたり、本を読んでいるイメージしかない。
そんな白浜さんが急に話しかけてきたら、誰だってびっくりする。
「耳掃除って、興味ある?」
「み、耳掃除?」
「うん。綿棒とか、耳かきとか」
「興味……って言えるのかわからないけど、たまに綿棒で掃除したりはするよ」
「それって、気持ちいい?」
白浜さんが、なんだか意味深な表情で聞いてくる。
顔が熱くなるのを感じながら、なんとか答える。
「気持ちいい……とかは特に考えたことないな。あくまで掃除って感じで」
「ふーん。なるほど」
それきり、白浜さんは文庫本に視線を落とした。
後には質問の意味が分からない俺が取り残された。
今の質問はなんだったんだ。どういう意味なんだ。
しかしテンパっている俺はそれを聞けない。美人の白浜さんに向けて、「今のってどういう意味?」とか、自分から話を広げるなどできない。
結果、困惑しながらも押し黙る人形が出来上がってしまった。
ちらっと、白浜さんが笑いをこらえているように見えたが、そこに意識を向ける余裕は無かった。
あの時の俺はまだ、白浜さんがちょっとSっ気のある人とは知らなかったのだ。
たぶん、困惑する俺を見て面白がっていたのだと思う。
「上木くんって、顔に出るね」
悪戯めいた表情で、白浜さんが言った。
今日は白浜さんがすごく絡んでくる。
普段、こんなに話しているところを見たことがない。嬉しいけど、俺はそんなに話がうまくはないから、聞かれたことに答えるくらいしかできない。
「……それはよく言われる」
思っていることが顔に出るというのは、昔から言われていた。自分ではあまりわからないが、結構長く付き合っている人からすると、かなりわかりやすいらしい。
けど顔に出ると言っても、癖があるらしくて、長く付き合っている人しか分からないらしいんだけどな……。現に高校から知り合った友人たちは『わかんねーよ』と言っていた。
まあでも、白浜さんならそのくらい分かるんだろうな。
「今、何か納得した?」
「あ、うん。合ってる」
「やっぱり」
そう言って白浜さんがふふ、と笑った。
単なる笑顔なのに、どきりとした。
普段クールな白浜さんが笑うと、こんなに可愛いのか。
白浜さんの笑顔が見られて良かった。
ありがとう、図書委員。ありがとう、俺の顔面。
他にも少し話をしながら、図書委員の仕事を終えた。
今日はかなり白浜さんと話せた。単なる雑談だけど、とても幸せだった。
名残惜しいが、今日は終わりだ。白浜さんと一緒に片付けをする。
夕日が差し込む、誰もいない図書室。
片付けの最中、おもむろに白浜さんが近づいてきた。
「上木くん、今日ってこの後空いてる?」
「え……空いては、いるけど」
「ちょっと、付き合ってほしいことがあるんだけど、いいかな」
いい。完璧にいい。何の予定もない。
いいけど、俺なんかがこんなに完璧な白浜さんの頼みを聞いていいのだろうか? そんな自虐的な思いが、声を止めてしまう。一緒の委員ってだけで嬉しいのに、まだ一緒にいてしまってもいいんだろうか?
言葉に詰まっていると、それを見通すかのように、白浜さんが目を細めて微笑んだ。
「いいでしょ?」
確認のようにそう言われると、頷くしかなかった。
そうして俺は、白浜さんの家に行くことになった。
◇◇◇◇◇
「――どうぞ、上がって。今はうち、誰もいないから」
あの後、家に来てほしいと言われて、全身が硬直してしまった。
家!?
白浜さんの!?
あまりにも急展開で、喜ぶより前に怖くなってしまった。
しかし、嬉しいのも確かだ。女子の家に行くイベントなんて、まず無い。
しかも白浜さんの家だ。
ありえない。
怖さと嬉しさでぐるぐるする思考を抱えながら、家までの道を歩いていた。
なぜ呼ばれたのか理由を尋ねようと思い当たったときには、既に白浜さんは玄関のドアを開けていた。いつの間に着いたんだろう。
家は普通に一軒家だった。今時の綺麗でシンプルな家だ。
ここに入っていいのか迷って、足が止まる。
本当にいいのか?
ドッキリか何かじゃないのか?
「どうしたの? 入らないと不審者みたいだよ」
言われて、慌てて足を踏み出した。そういう言い方をされると、動くしかなくなる。
なんだか全部見透かされているみたいだ。顔に出ているんだろうか。
◇◇◇◇◇
二階にある白浜さんの部屋に案内され、俺はローテーブルの前で正座してガチガチに固まっていた。
白浜さんは『飲み物取ってくるから』と言って下の階に降りている。
家には誰もいないらしい。静かだ。微かにカチャカチャ陶器の鳴る音が届く。
緊張する。
白浜さんの部屋はシンプルだった。でも、ベッドの布団がピンクだなとか、机にぬいぐるみがあるな、とか、そういう所に気づくたびに、女子の部屋であることを意識してしまう。
あまり変なところを見ないように視線を時計に固定していた。
1秒って……こんなに長いのか。
そうしている内に、ドアが開いて白浜さんが帰ってきた。
制服の上だけ着替えて、緩いスウェット姿になっている。私服姿は新鮮で、目を奪われる。
「お待たせ、ごめんね急に来てもらったりして」
「い、いや。だだだ大丈夫」
「大丈夫って声じゃないね。緊張してるでしょ」
くすくす笑って、白浜さんは俺の前にカップを置いた。
「これ、ハーブティだよ。市販のやつだけど。飲んだら、ちょっとは落ち着くかな」
いい香りがした。緊張で喉も乾いているし、いただくことにする。
熱すぎなくて、飲みやすい。なんだか肩の力が抜けるような気もする。
白浜さんも腰を下ろして、そんな俺の様子を眺めていた。
「落ち着いた?」
「……ましにはなった、かもしれない」
「みたいだね」
白浜さんは俺の顔を見ながら笑った。やっぱり顔で分かるんだな。
「今日来てもらったのはね。上木くんに、ASMRの練習に付き合ってもらいたいからなの」
「ASMR?」
「そう、こういうの見たことない?」
スマホをいじって、某動画サイトの検索欄を見せてくる。
『あなたの耳を癒す! 睡眠用耳かき』『お耳掃除、させてもらえませんか? ぐっすり眠れるASMR』『暑い日に最適。耳が涼しい炭酸/氷/水の音』など……。
確かに、見たことある。だから図書室で耳掃除の話をしたのか。
「気持ちいい音を流してくれる動画? みたいなやつかな」
「うん、だいたい合ってる。聞いてて心地いい音ってあるでしょ。雨音とか、タイピング音とか、焚火の音とか。ああいうのを流してくれるの。リラックスできていいんだよ」
なるほど。で、白浜さんはそれをやろうとしている。
その練習に、俺を使いたい。
そういうことだろうか。
「なんで俺なんだ? 別に他の人とかでも……」
「上木くんは思ってることが顔に出るから。ちゃんとした反応が見たいんだ。他の人だと気を使われるかもしれないし」
そんな理由でいいんだろうか。
受け取ろうとしている事に比べて、理由が弱く思えてしまう。
「重く考えないで。気楽でいいよ。練習なんだから」
それに、変に顔に出て、白浜さんをがっかりさせたらどうしよう。そんなことになったら、俺は立ち直れないかもしれない。重い傷を負って、罪の意識を抱えて生きていく。
そもそも、俺は白浜さんが期待するような反応を返せるんだろうか。
「はぁ、実際にやった方が早そうだね……。はい、上木くん、こっち来て」
白浜さんは立ち上がり、ベッドに座った。
こっち……というのはベッドの事か?
「今日は耳かきをするよ。初めてだし、ASMRだと王道かなって思うから」
いや、耳かきとか、別のやつだとかそういう事ではなくて。
俺に、ベッドに座れと言っているんだろうか?
「あ、また緊張してきてる。ダメだよ。ASMRはリラックスして聞いてほしいんだから。それとも、上木くんは私の耳かき、嫌?」
「い、いや」
白浜さんは断りづらくなる言い方をしてくる。図書室でもそうだったし。意識的なのかそうでないのか、逃げ道を無くしてくる。
……いや、元々断る気もないか。
色々悩んではいるけど、ここまで来た以上、断るのも悪い。
もうなるようになれ。俺はモルモットだ。白浜さんの実験台なのだ。
「お、何か覚悟が決まったみたいだね。じゃあ、ここ座って」
白浜さんがベッドをぽん、と叩く。言われるがままそこに座る。当然だが、床よりも柔らかい。それだけで、ここがベッドなんだと意識してしまう。
それに図書委員のカウンターよりも、ずっと近くに白浜さんがいる。
「なんか、ちょっと私も緊張してきたな」
「…………」
喋らない。俺は人形だ。
喋ることにリソースを回そうとすると、変な事も考えてしまいそうだ。
「上木くん、じゃあ、ごろーん」
「え」
不意に白浜さんが手を肩に伸ばしてきて、俺の体を横に倒した。
そのまま俺の頭はすっぽりと、白浜さんの足の上に収まった。
まず感じたのは柔らかさ。そして、甘い匂い。
え。
これは。
――膝枕では?
「動かないでね……。そのまま耳かきするから。動くと危ないよ」
囁き声が、右耳の上から降りてくる。
硬直する俺をよそに、白浜さんが俺の耳を見つめて小さく笑う。
「こんな形してるんだね」
喋って、息が耳をくすぐる。
ぞくりとする。
なにかとんでもないことが始まるんじゃないか?
そんな思いが渦巻く。
白浜さんは机の上から何やら取り出した。
「最初は気を付けて、綿棒にしようかな。これだよ」
目の前に綿棒が差し出される。
シンプルな綿棒だ。俺がたまに使うものと大差ない。
手が引っ込められる。
白浜さんが囁く。
「じゃあ、始めるよ」
耳の淵をなぞられた瞬間、電流が走った。
「~~~っ!」
まずい。これはまずい。
いけないことをしているような気分になる。
白浜さんが笑っている。
「すごい、効果抜群だ」
心臓がばくばく鳴っている。刺激が強い。綿棒で耳を触られただけなのに。
「じゃあ、耳に入れるよ。力抜いて、リラックスしてねー……」
リラックスとか、できるのか? 無理だ。こんな状況。白浜さんの部屋にいて、膝枕してもらって、耳を触ってもらっていて。
いくら耳かきが気持ちいいとはいえ、まさかリラックスなんてできるわけ――
「入れますよー」
耳の中に、綿棒が入った。
――その瞬間、俺の全身から力が抜けた。
なんだ、この心地よさは。
「まずは浅いところからやってくね」
綿棒が、かさかさと俺の耳を探っている。
白浜さんの手つきは丁寧だ。強すぎず、弱すぎず。浅いところを触られているだけなのに、気持ちよさに脳がとろけていく。
「気持ちいいかな……って、顔に出てるね」
今、俺は無重力の空間で浮いているような、そんな心地よさを味わっていた。強張っていた全身の力が抜けて、浮き上がるような感覚が全身を包んでいる。
宇宙だ。
白浜さんの綿棒は宇宙だったのだ。
俺はそれを悟った。
「ちょっと、奥もいじるよ」
この先も欲しいと感じるのを見計らったように、奥へ綿棒を差し込まれる。
奥はさらに気持ちよかった。
気づけばだらしなく口を開けて、白浜さんの手にすべてを委ねていた。
「気持ちよさそうで、私も嬉しい」
白浜さんの落ち着いた囁き声が耳に届く。
この夢見心地の中で、その声はまるで天使の囁きのように聞こえた。見てはいないけれど、白浜さんが優しい表情をしていることが分かる。俺がどんな醜態を晒していようと、すべてを許してくれそうな慈悲を感じる。
この安心感があるからこそ、今の心地よさがあるのだ。
姿を見て馬鹿にされるとか、気持ち悪いと思われるとか、そういう心配をさせない声音。
この声があるからこそ、全身を預けて気持ちよさに沈んでいける。
「次は竹の耳かきにしよっか。気をつけるけど……痛かったら言ってね」
白浜さんが竹の耳かきを耳の中に入れた。
耳かき棒の先端、少し丸まった薄い部分で耳の中を掻いている。
これも気持ちいい。
綿棒よりも硬くて、耳の中を掃除されている感覚がする。
「痒い所はない?」
「うん……すごく、上手いと思う」
「ありがと。実はね、お母さんとか妹にはよく耳かきしてたから、今日が初めてというわけじゃないの。昔は失敗してたけど、今はちゃんとできてるかな」
妹がいる、という事を初めて知った。この時間に家にいないということは、部活中だろうか。
「お母さんとか、妹さんとかに練習はしないのか?」
「うーん、たまに。お願いしたらやらせてくれると思うけど」
「それなら……どうして俺を?」
躊躇ったが、思ったことを尋ねる。
白浜さんはすぐには答えなかった。
かり、かり、と耳の中が掃除されている。
言いにくいことを聞いただろうか。少し、不安になってくる。
「ふー」
吐息が耳にかけられた。
ぞくぞくした感覚が全身を巡る。
急に、何を?
白浜さんが微かに笑う。
「男の人の意見が欲しかったんだよ。ASMRの動画って、男の人も結構見てるし……」
それにね、と白浜さんが言って、耳かきを横に置いた。
そして耳元に顔を近づけてくる。
さらりとした髪が顔にかかり、甘い匂いが強くなる。
「君の耳、いじってみたかったし」
どくんと鼓動が跳ねた。
落ち着いていた心臓がまた鳴り始める。
「耳、真っ赤だよ」
当たり前だ。
そんなことをされたら、誰だって赤くなるに決まってる。
間違いなくからかわれていた。
白浜さんのイメージを修正しないといけない。クールな人だと思っていたが、だいぶ悪戯好きな人だ。
「君がそういう顔するからだよ?」
そんな言い方をしないでほしい。
そう言われても、俺にはどうすることもできないのだ。
俺はぎゅっと目を閉じて、耳かきの続きを待つしかなかった。
「はい、じゃあ……続きするね」
そんなことがあっても、白浜さんの耳かきは特別だった。すぐに微睡みの中に沈んでいく。
心地よさに緊張が緩む。体の強張りも疲れも、何もかも溶けていくようだ。
「――最後に梵天だよ。こんなの、見たことあるかな」
少しして、白浜さんが別の物を取り出した。
目の前でそれを見せてくれる。
タンポポの綿毛みたいな物がついていて、白くてふわふわしている。
「これで掃除するよ。痒かったり、くすぐったかったら言ってね」
そう言って、耳に梵天が入れられる。
ちょっとぞわりとした。くすぐったい。けど、気持ちいい。
ふわふわした毛が耳いっぱいに詰まっている。くすぐったいけど、嫌な感じじゃない。
それよりもこれは、すごく眠くなる音だ。
ふわふわが優しく耳を覆って、勝手に目蓋が下りてくる。
これが幸福なんじゃないだろうかと思う。
今、幸福とは何かと問われたら、それはふわふわ梵天耳かきですよと自信をもって答えられる。
「ふわふわ……ごそごそ……」
夢のような場所だ。
ふわふわ梵天がいっぱいあって、それに白浜さんの囁き声が聞こえる。
きっと天国はこんな感じだ。
それを今、体験しているのだ。
「眠そう……。寝ちゃってもいいからね……」
天使の囁きが、耳をくすぐる。
その声を最後に、俺の意識は眠りに誘われていった。
◆◆◆◆◆
「――はい、おしまいだよ。……って、寝ちゃった」
白浜由衣は、自分の膝の上にいる顔を覗き込んだ。
クラスメイトがだらしなく口を開けて、幸せそうな顔で寝息を立てている。
「良かった。ちゃんとできたかな」
目にかかっていた前髪を持ち上げる。むにゃ、と目元が微かに動く。
(か、可愛すぎる……!)
ぞくぞくとした震えが上ってくる。
いつもそっと盗み見ていた彼が、膝の上で眠っている。
それだけで胸の奥がきゅんと苦しくなる。
彼は健気だ。
あんまり目立たないけれど、いつも誰かのために頑張っている。
こっちをたまに見ているのも可愛い。
彼は気づかれていないと思ってるだろうけど、気づいてる。見られているのは大体わかる。
いやらしい視線ではない。他の男子はそういうものが混じった視線だ。けど、彼だけは違う。
どうしてなのか聞きたかったけど、寝ちゃったから、今日は聞けそうにない。
(また来てくれるかな)
図書室ではちょっと強引に誘ってしまった。
妹が『お姉はおっぱい大きいんだから強引に行きなよ』なんて言うからだ。
彼はちゃんと来てくれたけど、想像していたよりも緊張させてしまった。ちょっと悪い事をしたかもしれない。
でも、困っている彼はとても可愛い。
だからこれからも困らせてしまうと思う。
「今日は来てくれてありがとね」
耳かきや、ASMRには前から興味があった。お母さんや妹に耳かきをしていたのも本当だ。
でも彼を誘った理由を全部は言っていない。
気になり始めたのはいつからだったろう?
気になって、観察していたら、彼の思っていることが顔に出ていることに気づいた。
彼がいつも見えない所で頑張っていることも知った。
顔に出るからというのは、誘った理由の一つでしかない。
本当のところは、恥ずかしいからまだ言えない。
たまに私の顔も赤かったと思うけど、まだ気づかれていないはずだ。
(次は何をしてあげようかな)
机には耳をいじるのに色々と使えそうな物があった。他にも、ASMRならいろんなジャンルがある。
耳かきはあまり頻繁にはしない方がいいから、次は別の事をしよう。
何をしようかな。
喜んでくれるかな。
そう考えているだけでも、今は楽しい。
「今度は、もーっと気持ちよくしてあげる」
どきどきしながら、耳元で囁いた。
彼はむにゃと言って、幸せそうに眠り続けていた。
読んでいただきありがとうございました。
評価や感想をいただけますと、作者の励みになりますので、
何卒、よろしくおねがいいたします。