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クールな彼女の可愛すぎる変態フェイスを、俺だけが知っている。  作者: 河津田 眞紀
〜幕間〜

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18/60

天秤を揺らす風 1

 




 この国には、八百万(やおよろず)の神がいる。




 一口に"神"と言っても、その特性や役割は様々だ。


 土地の安寧を護る"地主神(とこぬしのかみ)"。

 物に宿り人を(たすく)る"付喪神(つくものかみ)"。

 (じゃ)を以て邪を制す"禍津日神(まがつひのかみ)"。


 そして、此岸(しがん)において最も高名なのが……



 幸運を吹かせる、"福神(ふくのかみ)"である。






 ♢ ♢ ♢ ♢






 ファミレスで夕食を共にした翌日──


 汰一と蝶梨は、いつも通りの学校生活を送っていた。



 まともに会話するのは忠克(ただかつ)くらいで、あとは基本的に静かに、目立たないように過ごす汰一と。


 多くの友人に囲まれ、頼られ、ただそこにいるだけで羨望の眼差しを集める蝶梨。



 クラスの誰もが、想像し得ないだろう。

 この対照的な二人が、昨夜一緒に食事をし……


 今日も放課後に、逢瀬の約束をしているだなんて。





「…………」



 休み時間。

 汰一は、友だちと談笑する蝶梨の姿を眺める。


『談笑』と言っても、笑っているのは彼女の周りの女子だけで、蝶梨は口元に小さな笑みを浮かべる程度。大口を開けて笑ったりはしない。


 汰一の知る彼女は、いつもそうだった。

 あまり表情が変わらない、クールで冷静で、凛とした少女。



 だが……


 それは、彼女の努力により造られたものだった。



 本当の彼女は、照れて顔を赤くしたり、悔しげに眉を寄せたり、弱々しく肩を落としたりする、表情豊かな少女で……




「うっ……」



 昨日の蝶梨を思い出すだけで、愛しさで心臓が()ぜそうになり、汰一は胸を押さえる。

 それに気付いた忠克が、牛乳パックに刺したストローを咥えながら、



「どした。いよいよ死ぬのか?」



 なんて、冗談っぽく言うが……

 汰一は、すぐには否定しなかった。



 ……嗚呼、そうだな。

 あんなに可愛い彼女の素顔を、自分だけが知っていると思うと……


 独占欲が、怖いくらいに満たされて。


 ただ遠くで見ていればいいと思っていた頃の自分は……もう、死んでいた。



 だから。

 汰一は、何も知らない忠克を見つめ返し、



「……そんなに俺を殺したいのか? 次のテストのことを考えたら胸が痛くなっただけだよ」



 と。

 自分に起きた変化を悟られぬよう、不機嫌な声を返しておいた。






 * * * *






 六月も半ばに差し掛かろうとしていた。


 昨日まで初夏の陽気が続いていたが、今日は生憎の雨。

 間もなく梅雨に入ることを思い出させるような、しとしととした雨が朝から降り続いていた。



 ホームルームを終えると、二年E組の生徒たちはバラバラと教室を出て行く。


「今日は中練かー」とぼやきながら部活へ向かう者。

「ゲーセン寄ってこうぜ」と駄弁る帰宅部連中。


 そして。

 蝶梨も友人たちと挨拶を交わしてから、生徒会へと向かった。



「んじゃ、今日もイベントで忙しいから」



 と、忠克もスマホゲームを理由に、早々に帰宅する。

 そうして十分足らずで、汰一は教室に一人になった。




「…………」



 誰もいなくなった教室の窓から、汰一は外を眺める。



 今日は、朝からずっと雨だ。

 これでは花壇に行けない。

 生徒会が終わったら一緒に花の手入れをしようと、彼女と約束したけど……

 何もできずに、解散だろう。


 ……仕方ない。

 今日のところは、大人しく勉強だけして帰ろう。



 せっかくの約束が初日から頓挫(とんざ)してしまい、汰一はため息をついて。

 鞄から課題プリントと、昨日買った参考書を取り出し、静かに勉強を始めた。






 * * * *






 一時間後。


 汰一が数学の問題と大格闘を繰り広げていると、教室の引き戸がガラッと開いた。



 来た。


 と、汰一は手を止める。



 (はや)る心を抑えながら、ゆっくりそちらを振り返ると……

 鞄を肩にかけた蝶梨が、立っていた。



「……お疲れ。もう生徒会、終わったのか?」



 本当は嬉しくて堪らないのに、落ち着いた態度を装って、汰一は言う。

 それに、彼女はこくんと頷いて、



「うん。刈磨くんはまだお勉強中?」

「あぁ。数学の問題に絶賛苦戦中だ」



 言葉を交わしながら、蝶梨は汰一に歩み寄る。


 彼女が近付いて来るだけで、汰一の鼓動はみるみる内に加速する。

 昨日、あんなに近くで話したと言うのに……一日経つとまた緊張してしまう。



『近寄り難い』からではない。

『好きだから』、だ。



 蝶梨は、汰一の隣の席に座る。

 そして、



「……雨、だね」



 と……

 無表情のまま、そう言った。

 それに汰一も、窓の外に目を向け、



「……そうだな」



 と答えた。



 しばらく、二人の間に沈黙が流れる。

 サーという雨の音と、吹奏楽部の演奏の音だけが、遠くから聞こえる。



『今日はやめにして、帰ろうか』



 その一言が言えずに、汰一は黙って雨空を見つめた。

 なら、せめて雑談でもすればいいのだが、昨日軽口を叩けたのが嘘のように、今は言葉が浮かばない。



 隣に座る彼女の気配に……喉が、つかえる。




 ……しかし、




「……どの問題?」



 先に沈黙を破ったのは、蝶梨だった。


 驚いて振り返ると、彼女は身を乗り出し、机に広げたプリントを覗き込んでいて……


 その近さにますます鼓動を速めると、彼女は、



「…………私で良ければ、教えるけど」



 と。

 いつもの淡々とした態度で、言った。



 しかし、汰一は知っている。

 このクールな声と表情が、造られたものであることを。

 その証拠に……

 よく見ると眉が少し震え、頬も赤くなっていた。



 嗚呼、本当に、クールを装っているだけなんだな、と。



 汰一は一気に緊張が(ほぐ)れるのを感じ、プリントの問題を指さす。



「これ。基本問題はできたんだけど、応用になるとさっぱりわからなくて」

「……あぁ、これね。応用になると複雑に見えるよね。でも、基本を押さえておけば大丈夫。この後の式は……」



 汰一からペンを借りると、彼女はノートにサラサラと解を記していく。



 半袖のワイシャツ。

 揺れる髪。

 長い睫毛。

 ふわりと香る、甘い匂い。



 息遣いや体温まで感じられそうな距離感に、汰一は意識の全てを奪われる。

 そのため、学年トップの成績を誇る蝶梨が丁寧に解説をしてくれたというのに、まったく耳に入らず……



「……で、答えがこれ。ね? そんなに難しくないでしょう?」



 そう言われて、ようやく汰一はハッとなる。

 そして、



「……ごめん。全然聞いてなかった」



 素直に謝罪すると、蝶梨はジトッとした目で彼を睨む。



「……この距離で聞いていないって、刈磨くんの耳はどうなっているの?」

所謂(いわゆる)『節穴』ってやつだろうな」

「それは目に使う言葉だけど」

「おぉ、さすが学年トップ。国語の知識も抜け目なしだな」

「馬鹿にしてるの? 真面目にやらないならもう教えない」

「すみません冗談です」



 いまだジト目で見てくる蝶梨に、汰一は笑って、




「……悪い。ずっと悩んでいたから、集中力が切れた。だから……わかるまで、()()()()教えてくれないか?」




 高鳴る鼓動を飲み込むようにして、蝶梨を見つめる。


 それに、彼女は唇をきゅっと閉ざすと……




「じゃあ…………雨が止むまで、特別授業ね」




 と、少し照れたように言って。

 彼に椅子を近付け、もう一度解説を始めた。






 ♢ ♢ ♢ ♢






 ──時を同じくして。


 雨雲が広がる大鳳(おおとり)学院高校上空に、一柱(ひとはしら)の"神"が現れた。



 しかしその容姿は、多くの人々が想像する神の姿とはかけ離れている。


 紅と白の巫女装束に身を包んだ、小さな身体。

 おかっぱに切り揃えた、艶のある黒髪。

 その揃った前髪を左右に分断するかのように、額から一本の角を生やした……



 幼女。



 その見た目を端的に表すなら、『五、六歳くらいの、額から角を生やした幼女』という表現がぴったりだった。



 しかし、彼女はまごうことなき神。

 それも、人々の願いを叶える"福神(ふくのかみ)"である。



 彼女は雨降りなど意に介さず、たんぽぽの綿毛のようにふわふわと漂い、この大鳳(おおとり)学院高校の上空へやってきた。

 そして、何かに気付いたように「おっ」と声を上げ、校舎の屋上に降り立つ。



「これは……"エンシ"の気配じゃ。今日はよく出会うのう」



 楽しげに笑いながら屋上からふわりと降下し、気配のする方へと飛んで行く。

 そうして……汰一と蝶梨がいる教室の窓へ辿り着いた。


 浮遊しながら教室を覗き込むが、汰一と蝶梨からはその姿が見えない。



「ふむ……あの女の方か。もう"神惠(じんけい)(うつわ)"が完成しかけておるな。中の魂も清らかじゃ。次の往生(おうじょう)神入(かむい)りするじゃろ」



 蝶梨を見つめ、"福神(ふくのかみ)"は呟く。

 そして……



「……ぬ? その隣におるのは……」



 そのまま、汰一へと視線を移し……瑠璃色の瞳を、スッと細めた。



「……ほう、"(にえ)(うつわ)"か。"エンシ"と縁を持つとは、数奇なこともあるものよ」




 "(にえ)の器"。


 その呼び名を、彼女は畏怖(いふ)の念を以て口にする。

 彼女だけではない。堕ちていない神ならば、皆同じような反応をするだろう。



 しかし。

 畏怖を孕んだその瞳を、彼女は「むむ」と疑問に歪ませる。

 そのまま、汰一の()をじぃっと覗き込み……




「……あの"(にえ)"……何故、器の中に()()な魂が……?」




 "器"。

 それは、魂の()れ物。


 通常、"(にえ)の器"には汚れなき人間の魂が入っているはず。



 だが……

 あの"(にえ)"の中にあるのは…………





「…………ま、われには関係のないことじゃ。それより、()()()()()のご機嫌でも取っておくかの」



 けろっと笑って、彼女は顔を背けると……

 両手の人さし指と親指をくっつけ輪を作り、窓の向こうの蝶梨に重ねた。

 そして、まるで望遠鏡を覗き込むように、輪の中の蝶梨を片目で見つめる。



「はてさて……"エンシ"殿の望みはなんじゃろな」



 "福神(ふくのかみ)"には、人々の願いを読み取り、叶える力がある。


 願いを読み取る方法は様々だ。

 (やしろ)を持つ神なら、絵馬に書かれた文字や、賽銭と共に投げ入れられた想いから読み取ることもある。


 しかし、社を持たない彼女の場合は……

『直接心の中を覗く』という、"福神(ふくのかみ)"界隈では「最も下品」と云われる方法を採っていた。



「……なるほど、"エンシ"殿は『更なる雨』がお望みか。()()い、雲を呼ぶのは得意じゃぞ」



 おかっぱ髪を揺らしながら頷くと、彼女は何もない手のひらの中に丸い団扇(うちわ)を出現させる。

 そして、小さな手でそれを握り、



「そうれ、雨雲よ。こっちへ来うい」



 下から上へ、掬うように仰いだ。


 刹那、猛烈な向かい風が吹き(すさ)び、彼女の前髪を捲り上げる。

 団扇が招いたその風により、雲の流れが変わった。雨をたっぷり孕んだ黒い雨雲が、どんどんこちらへと向かって来る。


 その様子を、彼女は満足げに見上げて、



「うむ、これで良しじゃな。……っと」



 ひと仕事終え、その場から去ろうとする彼女の目の端が……何か、動くものを捉えた。



 屋上の方で、稲妻のように(ひらめ)くもの。

 あれは……



「……式神…………鎌鼬(かまいたち)か?」



 目を凝らしながら、彼女が呟く。


 柔らかな毛に覆われた、細長い身体。

 間違いない。『風神』の式神・鎌鼬である。

 校舎の上空で、亡者の魂を次々に喰らっているようだった。



「そうか、この町の"地主(とこぬし)"も『風神』じゃったな。"(にえ)の器"と"エンシ"が首を揃えているのじゃ、"厄"が寄って来ないはずがあるまい。しかし……」



 彼女は、風に(なび)く髪を押さえながら、



「……あの式神、何故()()()()()姿()で"厄"を喰らっておるのじゃ?」



 本来式神は、武器の形に変化(へんげ)し、神に使役される。

 それは、神との契約の証。本来の能力を発揮するには、変化が必要不可欠だった。

 しかし、目の前にいる式神(カマイタチ)は……変化(へんげ)前の姿で戦っているようなのだ。



主人(あるじ)の姿が見当たらぬが……よもや、式神だけで処理しているのではあるまいな?」



 "地主神(かいぬし)"の姿を探し、辺りを見回すが……他に神らしき気配は感じられない。



 式神がたった一匹で、それも変化(へんげ)前の姿で戦うなんて……

 きっとこの町で、何かイレギュラーな事態が起きているに違いない。

 たとえば…… "地主神(とこぬしのかみ)"が、前触れもなく堕ちたとか。



 "厄"を喰らい続けるカマイタチを見上げ、彼女はゴクリと喉を鳴らす…………が。




「ま、われには関係ない。行こ行こ」




 やはりけろっと笑って、その場からふわふわ飛び去ることにする。


 面倒ごとには首を突っ込まない。

 それが、幸せを運ぶ"福神(ふくのかみ)"としての、彼女のモットーだった。



 変化(へんげ)前と言っても、歴とした式神だ。

 あの程度の"厄"であれば、あの姿でも十分に狩れるだろう。


 そう自分に言い聞かせ、次の行き先を見渡すべく上昇した……その時。



「…………ん?」



 彼女の小さな身体を、巨大な影が覆う。


 突然暗くなった視線に、上空を見上げると……



「…………げっ!!」



 そこにいたのは、特大クラスの"厄"。

 俗に悪霊と呼ばれる、魔が差し巨大化した亡者の魂である。


 山蛭(やまびる)のように平たく不気味な形をしたそれは、先ほど彼女が吹き起こした風に乗ってここまでやって来たようだった。



 ……やばい。

 ひょっとして、雨雲と一緒にめちゃくちゃ面倒なヤツを呼び寄せてしまったのではないか……?



「……でっ、でもわれには関係ないしっ。"厄"退治は"地主(とこぬし)"の仕事だしっ。われには戦う(すべ)もないしっ」



 冷や汗を流しながら、一人で言い訳を叫ぶ彼女。

 そこへ……

 カマイタチが電光のような速さで飛来し、巨大な"厄"に喰らい付いた。


 しかし、身体の大きさがまるで違う。カマイタチの二十倍はあろうかという全長の"厄"だ。

 全て喰らうのに、一体どれほどの時間がかかるか……考えただけで、気が遠くなりそうだった。



「はわ、はわわ……」



 懸命に"厄"に立ち向かうカマイタチの姿を、小さな"福神(ふくのかみ)"は震えながら見守る。

 だが……


 "厄"が身体をうねらせ、先細った尻尾を鞭のように振るい……

 齧り付いていたカマイタチの身体を、はたき落とした。


「キュウッ」と鳴いて、落下するカマイタチ。

 その身体は、小さな"福神(ふくのかみ)"の方へ物凄い勢いで飛んで来る。


 あまりの速さに、彼女は避ける暇もなく……




「……ぶべっ!」




 そのままカマイタチを顔面で受け止め、情けない声を上げた。





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