残された者
スマホが割れたため、修理に出します。そのため執筆が滞りますが、お許し願いたく存じます。
一応PCでの執筆を試みますが、タイピングが絶望的なのできたいしないでいたたけると嬉しいです。
私は、私は何も出来なかった。
あの人が、落ちていく様を視ていることしか出来なかった。
ふと、声をかけられる。
「どうしたんだよ。不安そうな顔して」
振り返ると、そこにはあの人が立っていた。
「な、なんで?」
思わず声が漏れる。
あの人は、もうここにはいないはずなのに。
「本当に大丈夫か? ほらこっち来いよ」
手招きをされる。
私はそんな彼に従い、おずおずと彼に歩み寄る。
距離の縮まった私を、彼はフッと包み込んだ。
両手で、優しく、私の体を抱き寄せる。
――ああ、暖かい
彼の大きな体が、その肌の温もり一つ一つが心地いい。
いっそのこと、もうずっとこのままでいいのに。そう思考した瞬間。私に巻き付いていた彼の手が一際キツく締め付けてくる。
「くっ…」
思わず、苦し気な声が零れる。
「このままだって? 無理に決まってるだろ。だって――」
その場を凍りつかせる程に冷めた声が自分のすぐ上から聞こえてくる。
恐る恐る顔を上げるとそこには
「お前のせいでこんなに大変なことになったんだからなぁ?」
血だらけで、身体中に穴の空いた男が、私のことを恨めしそうに睨み付けていた。
*
「うわぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」
私はあまりの気味悪い光景に飛び起きる。ハァハァと息が荒れている。酷い悪夢だった。
辺りを見渡す、どうやら王城に設けられた自室のようだった。
胸に手を当てて、ゆっくりと深呼吸をする。この行動は、いつも心を落ち着かせる時に行う、定型となった動作だ。
私はこの動作をすることで、冷静さを幾分か取り戻すことが出来る。彼が、私のために教えてくれた。一種の暗示とも言えるのかもしれない。
が、その彼はもう既にこの世界にはいないのかもしれない。
「透くん……」
思わず、彼の名が口を衝く。
私が、私がもっとしっかりしていれば、あんなことにはならずに済んだのだろうか。
そんなことを考えていると部屋のドアがノックされた。
「ミサキ様。入ってもよろしいでしょうか?」
どうやら御付きのメイドさんのようだ。
はい。と声を掛けると、ガチャリと音を立てながら扉が開く。
そちらに目を向けると真っ赤な長い髪を、一本の長くゆったりとした三つ編みに結ぶ少女が部屋に入ってくる途中だった。
フサフサと揺れる髪とメイド服のスカートが可愛らしく映えている。同姓ながら惚れ惚れする美しさだ。いや、愛らしさといった方が正しいのかもしれない。
そんな私の心情を気付かずに、少女は私に声を掛けてくる。
「ずいぶんと、大きな悲鳴を上げていましたが。どうされたのでしょうか?」
整った眉が八の字に歪んでいる。口元や目元に変化が見られないので分かりにくいが、どうやら心配してくれているらしかった。
「いえ少し、透くんのことを考えていたんです」
私は下を向きつつ問いに答える。その声は意図せず暗くなっていたかもしれない。
彼女、ルーナさんはここに来てからすぐに付けられた、私の専属メイドだ。彼女は健気で、誰とも分け隔てなく接することができる。証拠に、透くんとも仲良くやっていた。
そんな彼女は、透くんが虚穴へと落下。おそらくは迷宮内で死亡したという旭川くんの報告に酷く心を痛めていたのだが、仕事はそつなくこなすようだ。
それもそうか、国の従者として勇者に使えている彼女にとって、自分の担当勇者を支えることこそが第一で、他は二の次なのだろう。が、彼と仲良くしていたことは紛れもない事実。ルーナさんは透くんの名前を聞いた途端、普段は変えない表情を目に見えて歪ませた。
「あの人が死ぬなんて、私には信じられません」
ポツリと、彼女が悲しみを滲ませた呟きを発する。
そんな彼女の言葉に、私は同意見だった。
透くんはいつも逆境に活路を見出だしてきた。どんな困難おも、一人でこなす。それが式見透という人間だ。
決して人付き合いが悪いわけではない。少ないながらに親友と呼べる存在は、私を除いても居たし、私自身も透くんとはかなり仲良くしていた。
が、それとは別に、課せられた困難を独りでこなすという習性が彼にはあった。〝孤独の性質〟とでも言うのだろうか。
頼ることの出来る人が居るのにもかかわらず、それをしない。彼自身にどういった思惑があったのか。それは分からないがある時を境に、彼はそうなってしまった。
故に、虚穴に落ちたからといって、死んだとは思えない。それが私とルーナさんの認識だった。
どうにかしてしまえそうなのだ、彼ならば。
だが、虚穴内部は地獄と呼ばれている。そして、彼自身この世界での強さはお世辞にもいいとは言えない。基礎となる能力値が低いのもあるが伸びが悪いのだ、レベルの。
私自身もあまり成長速度が速い方ではないのだが。彼は皆の半分程度の速度でしか成長しない。
それを視野に入れるとやはり生存は難しいのかもしれない。だが、諦められない。諦められる訳がなかった。
彼は何時も私を支えてくれた。優しく強い彼が私の数少ない拠り所だったのは紛れもないもない事実なのだ。
……いや、そんな彼を失ったということを認めたくないだけの、ただのエゴなのかもしれない。
「信じましょう。トール様がご存命であることを、、」
「ええ、そうですね」
結局のところ、透くんが目の前で落ちていく様を見ていることしかできなかった私にはそれしかできないのだろう。
――無事でいて、透くん。
最愛の人へ、淡い期待を抱くだけしか出来ない自分に嫌悪感が走る。
そんな中、数日後に動き出す運命の歯車のことなど、今の私には知る由もなかった。
お読みくださりありがとうございました。
二回連続『知る由もなかった』での終り。いやはや、主人公とヒロイン(?)は仲がよろしいようで(