Festival Ⅱ
「「おかえりなさいませ、ご主人様!お嬢様!」」
1年生の教室へ足を踏み入れるとメイド服に身を包んだ青葉と若葉が千歳たちを出迎えた。青葉と若葉のクラスはメイドカフェの模擬店、紅葉のクラスは展示物の作成であり3人とも高校生はじめての文化祭を楽しんでいるようであった。
「きゃあ!青葉ちゃんかーわいぃぃ!」
紗奈が歓喜の声をあげながら青葉に抱きつき、その傍では桐江がメイド服姿の青葉をまじまじと見詰めている。
「兄さん!懐かしい子を連れてきましたよ!」
そして若葉が一人の女子を連れて千歳のもとへ歩み寄り、その女子の顔を見た千歳は『おっ!?』と声をあげる。
「上泉さん───だよね?久しぶり!」
「はい、お久しぶりです。長門先輩」
"上泉"と呼ばれた女子は嬉しそうな表情を浮かべながらお辞儀をし、そこへいつの間にか紗奈がやってきて千歳の後ろに隠れるとジトっとした眼差しで上泉を見据えた。
「ちぃちゃん、誰ですか?この女の子は」
「中学の時の剣道部の後輩だよ」
上泉はにこやかな笑顔を紗奈に向け、礼儀正しく挨拶をする。そして隣の若葉が中学時代の千歳と自分たちの様子を語り始めた。
「私も上泉ちゃんも、兄さんにはお世話になりましたね」
「はい!教え方も丁寧でしたし、先輩のおかげで上達したって人も多かったです!」
二人の言葉を聞き、紗奈は感心した表情で千歳の顔を見る。
「ちゃんと"先輩"してたんだね、ちぃちゃん」
「いや、そんなたいしたことはしてないよ。小さい頃に祖父さんがやってる道場に通ってて、小さい子とか大人に剣道を教えてる祖父さんを見てたから。その真似をしてただけ」
照れ気味にそう言う千歳の仲間や後輩たちと剣道に打ち込んでいる姿を想像して紗奈は微笑ましく思った。
美味しいコーヒーや紅茶を堪能した千歳たちは青葉と若葉、上泉に『行ってらっしゃいませ』のセリフと共に見送られながら教室から出るとそこへ文化祭を見回っていた千尋と美琴に鉢合わせる。
「千歳・・・と千晶じゃないか。来てたのか」
「よぉ千尋」
挨拶を交わす千尋と千晶、廊下の隅では桐江と美琴が小声で何かを話していた。
「なんでここにいるんだ桐江」
「同郷の友が元気にやってるか様子を見に来たんやんか、いつも通り"まみみ"って呼んでや。み・こ・ちゃん」
耳元で名前を囁かれ、美琴は『ひゃあ!』と声をあげながら身体がゾクッと震えた。しかし他の生徒の手前すぐに気を取り直し、千尋と千晶に歩み寄る。
「文化祭、楽しんでいただけているだろうか?そちらと比べれば質素な祭りではあると思うが───」
「いえ、生徒たちがみんなこの文化祭をいい思い出にしようとしているのが伝わってきました。我が校にとっても見習うべきところはありますのでまだまだ楽しませていただきます。」
美琴と千晶の様子を不思議に思う千歳に桐江が千晶は帝刻大附属高等部の生徒会長であるということをそっと耳打ちした。
周りの生徒たちも関西の名門校である帝刻大附属の生徒と会話する美琴を尊敬の眼差しで見つめている。
─────
───
─
クラスの喫茶店を終え、千悟と澪が千歳たちと合流した。千悟と千晶は肩を組んでスタスタと歩を進め、澪と桐江も2人について行く。
千歳はというと御手洗いに行った紗奈を待っており、廊下の壁に寄りかかって文化祭の光景を眺めていた。そこへひとつの人影が近づき、千歳に声をかける。
「ここにいましたか、長門さん」
その聞き覚えのある声に千歳がバッと振り向くとそこには天翁の同志である朧が立っていた。
「アンタは・・・!」
千歳は身構えながら、ここに来た目的を尋ねようとすると御手洗から出てきた紗奈に身体を抱きしめられる。そして紗奈はキッと朧を睨みつけ、その眼差しには怒りの感情が籠っていた。
「今日は私一人です、戦いにきたわけじゃありません」
「え・・・?」
千歳は左眼の星映しの眼を開いて朧を目視するが確かに敵意は感じられなかった。しかしこの状況を千尋たちに見つかれば騒ぎになってしまう、そう考えた千歳は魔眼を解き、紗奈と朧を連れて人気のない校舎の屋上へと向かった。
千歳に言われ、朧は屋上のベンチに座って待っていた。そして扉が開くと千歳が自分のクラスの出し物であった喫茶店のハニートーストとコーヒーを持って来た。その後ろには紗奈もおり、まだ警戒した様子で朧を睨んでいる。
「その様子じゃ、なにも買ったりとかしてないだろ。ウチのクラス喫茶店やっててさ、その余り物だけどよかったら食べておくれ」
「い、いいんですか?」
千歳が『もったいないからさ』と言うと朧は戸惑いながらハニートーストを口に含むと咀嚼し、『ん!』と声を上げて目を見開いた。
「・・・甘いですね」
「そりゃあ・・・ハニートーストだから。上に乗ってるアイスと一緒に食べてみてよ」
朧は千歳に言われた通りにハニートーストとバニラアイスを一緒に口に入れ、目を閉じて恍惚とした雰囲気で味わっている。
「これは・・・すごいですね。この多幸感は言葉では表現できないです」
朧の感想に千歳は『そんなに?』と笑みを浮かべる。次に朧はコップの中のコーヒーに訝しげな視線を向けた。
「この黒い水はいったい・・・?」
「コーヒー・・・だよ」
朧はじっとコーヒーを見つめ、一口飲むと『ぐぁ』と顔を顰めた。
「に、苦いです・・・」
「あ、苦い?それなら・・・」
千歳は朧からコップを受け取るとコーヒーにミルクと砂糖を混ぜる。ドス黒いコーヒーが一瞬で色が変わり、朧は感嘆の声をもらした。コップの中のカフェオレを不思議そうに見つめ、おそるおそる一口啜る。
「これなら飲みやすいです」
「そりゃよかった」
ハニートーストとカフェオレを気に入ったのか、朧はあっという間にたいらげた。手を合わせて『ご馳走様でした』と呟き、空になったコップと皿をゴミ箱に捨てると再び千歳の隣に座った。
「先日の戦い、見事でした。星霊であるナガトを打ち倒したことも含め、感服いたします。」
「ナガトに勝てたのは俺だけの力じゃない、龍脈の修行をつけてくれたダンテのおかげでもある」
ダンテの名前を聞き、朧は『あぁ』と感心したような声をあげる。
「なるほど、たしかにかの"龍仙"が師であれば長門さんの成長ぶりにも合点がゆきます」
「龍仙?龍仙って・・・?」
以前、ナガトとの戦いで千歳に加勢したダンテを天翁がそう呼んでいた。聞き慣れぬ言葉に千歳が朧に尋ねると朧が『では僭越ながら』と頷いた。
「龍脈とは自然から成るエネルギーというのはご存知かと、ゆえに龍脈を体得した者たちは総じて"仙人"と呼ばれます。その仙人たちの中でも龍脈の根源たる龍に近しい使い手、それが"龍仙"です。ちなみにダンテ=エヴァンスは史上最年少でこの龍仙の称号を賜りました」
「え゛っ、めっちゃすごいじゃん!」
説明と共に朧の口から衝撃の事実が告げられ、千歳は声をあげて驚いた。ナガトと対等以上に渡り合っていたことからダンテが相当な実力者であることは想像していたが、そんな偉大な人が師になってくれたことに千歳は遠い地のダンテに感謝すると心做しかキャプテン・ドラゴンの高笑いが聞こえたような気がした。
そして千歳はもうひとつ、ある疑念を朧に問い掛ける。
「朧さん、アンタは天翁の同志なんだよな?なのに今こうして俺と一緒にいて、敵意も感じない。アンタはいったい、どっちの味方なんだ?」
「私は───」
朧は言葉が詰まり、しばらく黙っていた。その複雑な表情を見て千歳が質問を撤回しようとした時、朧が凛々しい表情で千歳の眼を見詰めた。
「長門さん、深くはお話できません、ですがこれだけは断言します。アナタは私の敵ではありません」
「・・・そうか、わかった」
言葉の真意はわからないが、朧に敵意はない。千歳にとって、今はそれで十分だった。そして朧は立ち上がると屋上から立ち去ろうとした。
「もう行くのか。つか本当に文化祭を見に来ただけ?」
「えぇ、長門さんのおかげでこの賑わいを十分に楽しませていただけました。それに、天翁の同志である私がこの場にいるのが知られれば厄介なことになりかねませんので」
そう言って朧は千歳と紗奈にお辞儀をすると満足気な表情で黒い影と共に屋上から姿を消した。突然の来訪者に驚き戸惑ったが何事もなかったので千歳と紗奈は安堵する。
それから千歳と紗奈は遅れて千晶たちと合流し、なにかあったのか問われても朧と遭遇していたことは話さずになんとか誤魔化した。そして校内を回ったり駄弁ったりなどをしているとあっという間に時間は過ぎて文化祭の終了を告げるアナウンスが鳴り響く。千晶と桐江は名残り惜しげにしながらも満足気な表情で校舎をあとにし、千歳たち本校の生徒は文化祭の後片付けに奔走していた。
日が沈みはじめ、後片付けが終わる頃になるとスピーカーから声が響き渡る。
『皆さま、後片付けご苦労さまでした。このあと校庭にて後夜祭を開催しますので参加される生徒は校庭にご集合ください。』
この学校の文化祭では今まで後夜祭を行ったことがないらしく、生徒たちは歓喜に湧き上がりながら校庭へと走っていった。
千歳も紗奈と共に行こうとすると紗奈は首を横に振り、千歳に近寄って『屋上に行こ?』と耳打ちした。
屋上に来ると誰もおらず、校庭を見下ろすとまだ火の灯っていないキャンプファイヤーとその周りにはほぼ生徒全員いるんじゃないかと思えるくらいの人がいた。
「紗奈ちゃん、二人きりだね」
「二人きりになりたかったの」
千歳の冗談めいたセリフに紗奈は真剣な表情で言葉を返し、千歳の心臓が『ドキッ』と鼓動する。下の校庭では文化祭で出たゴミを火種としてキャンプファイヤーに火が灯り音楽が鳴り響く。
火を見つめながら友人たちと思い出に浸る生徒たちや音楽に合わせて踊る生徒たちと、皆が後夜祭を楽しんでいた。
屋上でも紗奈が手を差し伸べると千歳は意図を察してその手を取り、たどたどしくステップを踏みながら音楽が止むまで踊り続けた。




